多重人格って何?|解離に関して・症状・統合失調症との違い|原因|診断|
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多重人格の図書館本
原因
クラフト・ロスの説
多重人格の原因を説明したものとして、リチャード・クラフトの挙げた4因子が有名となっています。
それらは、次の通りです。
1. 多重人格の人が生まれつき持っている、解離になりやすい傾向
心的外傷(トラウマ)を処理して生き延びるための生物学的(自然な)反応として、解離を引き起こすのが多重人格につながるとされています。
このように、病的な解離になっていきやすい傾向に関して「もろくて弱い性質」があるかもしれないと考えられています。
似た症例も報告されているようです。
2. 性的虐待などの心的外傷
幼少期の児童虐待も、この因子に当てはまります。
フランク・パットナムは子どもを狭く暗い場所に閉じ込め拘束する「監禁状態」も、当てはまると指摘しています。
3. 虐待などの外部から与えられる心的外傷に対して、生まれつき起こしやすい病的な解離が生じ習慣化していくこと
4. 心的外傷を癒す、家庭や地域の機能が不足している
岡﨑順子は『臨床心理学大系 第19巻 人格障害の心理療法』で、この因子を「――――子どものネグレクトや孤立に関する項目――――」(P、260)と書き、岡野憲一郎が『外傷性精神障害』(1995年11月 岩崎学術出版社)で指摘している「身体的・情緒的ネグレクトや養育放棄」に近いとしています。
以上です。
なお、この説に関して問題が提示されているため、これを「説の不確定性」で詳しくご紹介します。
クラフトの4因子説とは別に、コリン・ロスは次の4経路を挙げました。
数字の表記を変更して、次に引用します。
1. 児童虐待経路
- ネグレクト経路
- 虚偽性障害経路
- 医原性経路
(『臨床心理学大系 第19巻 人格障害の心理療法』P、261~262なお、元は「Ross,1996」より)
1はクラフトの4因子の2、2は4に近いとされています。
そして、3は「治療」の章にある「注意されること2」、4は「治療」の章にある「催眠療法」で関連したことをご紹介しています。
虐待とPTSD
多重人格になる原因として強く意識されているのが、「児童虐待」です。
これを受けた多重人格の症例が、多く報告されています。
そのため、多重人格はPTSD(外傷後ストレス障害)の1つとして考えられようになりました。
PTSDとは、強い恐怖感を伴うできごとが原因で起こるもので、次の症状が出ます。
1. 覚醒時や夢で、再体験する
2.1の症状から回避しようと思い出せなくなったり、感情が麻痺したようになったりする
3. 何かを意識し過ぎた「過覚醒状態」にもなる
これらの症状が1ヶ月以上続くと下される診断名で、2日~4週間以内だと「急性ストレス障害」になります。
また、多重人格は解離性障害の1種です。
解離性障害については、「解離に関して・症状・統合失調症との違い」の章の「解離と解離性障害」で詳しくご紹介しています。
これは原則的に、外傷性記憶を伴うとされています。
通常の解離性障害が1回の外傷体験でも生じるのに対し、重度の解離性障害とされる多重人格は、児童虐待のような反復性の外傷体験と強く結びついていると言います。
アメリカで外傷性精神障害の第一人者とされるJ.L.ハーマンは、1回限りの心的外傷による後遺症と、反復性の心的外傷による後遺症を分けた方がいいとしました。
この内、後の方は「複雑性PTSD(心的外傷後ストレス障害)」と呼ばれ、多重人格も含まれます。
心的外傷は1907年ピエール・ジャネによってすでに注目されていましたが、1970年代になるまでは忘れられていました。
児童・性的虐待への注目やベトナム帰還兵にPTSDが見られたことから、ふたたび研究されるようになったのです。
日本では、1995年の阪神・淡路大震災からPTSDが有名になり、精神科の診察でも念頭に置かれるようになりました。
その結果、児童虐待を受けたことのある子どもや犯罪の被害者、偶然い合せた人が酷い心的外傷を負っていることがあらためて注目されていました。
ただ、この状態が「「まだ」注目の段階である」と言い換えられることに注意です。
児童虐待を受けた経験のない多重人格の症例も増えてきていて、児童虐待を多重人格の原因として意識し過ぎるのは慎んだ方がいいと指摘されているのです。
このことについては、「説の不確定性1・2」でイアン・ハッキングの論を例に挙げて、詳しくご紹介しています。
説の不確定性1
イアン・ハッキングは『記憶を書きかえる――多重人格と心のメカニズム』で多重人格の原因を説明した「リチャード・クラフトの4因子説」を紹介しています。
これについては、「クラフト・ロスの説」で詳しくご紹介しています。
そして、「――――解離能力を持つ子供――――」(P、110)の表現に注目し、多くの文献がこの能力を生まれつき・遺伝的なものとして示唆していると指摘します。
この示唆には、2つの重要な要素が含まれています。
1. 解離は連続した線として表せる
もっとも解離しやすい人・しにくい人を両端に置くことで、すべての人を連続した直線内に順番つきで並べることができます。
ここから、解離を程度の大小のみで論じることが可能だと、仮定が立てられるのです。
2. 解離のしやすさが遺伝される可能性
1の要素から考えられた仮定から、浮かぶ要素です。
2のように遺伝学的な志向を持つ主張は、立証が非常に難しいのです。
ハッキングはこのような相関関係に対して、くれぐれも慎重に臨まなければならないとしています。
この指摘については、「説の不確定性2」に続きます。
説の不確定性・2
「説の不確定性1」では、イアン・ハッキングが『記憶を書きかえる――多重人格と心のメカニズム』で「リチャード・クラフトの4因子説」から考えたことをご紹介しました。
続けて、彼はクラフトのような説を支えていると考えられる、3つの証拠を挙げています。
《幼少期の心的外傷(トラウマ)や、とくに繰り返された性的虐待が大人になって、精神医学に関したある後遺症になること》
あくまでも、そう変わる「かもしれない」です。
大量の口承伝説が、このことの裏づけとされています。
しかし、合意が得られて確定した特定の関連知識は、ほとんどないようです。
有望な取り組みとして「PTSD(外傷後ストレス障害)に関する研究」はありますが、多重人格を理解する上での手がかりとなる明確な見通しにはなっていないと、ハッキングは指摘しています。
《臨床体験》
多重人格の人が説に合わせて自分の解離を説明する危険性があります。
治療の際、本当でないことが事実に変わってしまうかもしれないのです。
これはコリン・ロスが多重人格の原因の1つとして「医原性経路」を挙げていることからも言えます。
《子どもの中で発達する多重人格の調査》
多重人格の原因が幼少期に始まるのなら、その時に治せば未来を改善することができます。
そのため、交代人格や人格断片が完全にできていない子どもの多重人格を見出すことが、治療での非常に大きな目的となったのです。
ハッキングはフランク・パットナムの説もクラフトの4因子説と共に、反論の対象としています。
精神の動揺した子どもと多重人格の関連を知るためにこのような子どもを綿密に調査するのは、パットナムの説の長所だと言います。
しかし、多重人格を「子ども-大人」と連続したように考えるのは矛盾をはらんでいると指摘します。
幼少期に治療を受けなければ、その内に多重人格の徴候が現れてしまうことになるためです。
子どもの多重人格は、大人の多重人格とは違うのです。
以上です。
イアンは幼児期に繰り返された虐待が多重人格の原因となることを発見していず、これのみが原因だと考えるべきではないと指摘しています。
たしかに、
クライエントが虐待を受けたと報告したものであり、その事実を確かめるような情報に裏づけられたものではない
(『臨床心理学大系 第17巻 心的外傷の臨床』P、127)
改めて注目されている
(『臨床心理学大系 第20巻 子どもの心理臨床』P、287)
といった言葉が見られます。
後の方は「「まだ」注目の段階である」と考えることもできるのです。
今まで書いた指摘から考えられる結果は、一丸藤太郎の指摘した「いくつかに分けられる多重人格のタイプ」でしょう。
これについては、「多重人格って何?」の章の「古典的・現代的多重人格」で詳しくご紹介しています。
ただ、「説の不確定性1・2」に挙げたハッキングの指摘は1995年時点でのものです。
ここにご注意下さい。
心的現実と心的外傷
1920年代に多重人格の研究を衰退させる原因の1つを作ったジークムント・フロイトは最初、心的外傷(トラウマ)に注目していました。
しかし、その注目は後に「心的現実」へと移ることになります。
心的現実とは、過去の体験自体を表す言葉です。
これと違って、心的外傷は過去の体験が「現在、どのような扱いとなっているか」を表します。
「過去の体験」という現実ではなく、「そう呼ばれている現在の記憶」とも考えられるのです。
一丸藤太郎は『臨床心理学大系 第17巻 心的外傷の臨床』で、心的外傷論のみならず心的現実論も共に扱い、統合させる必要があると指摘しています。
心的外傷のみに注目しようと意識し過ぎて、事実とは違う記憶の形成・強化を起こしてしまう可能性を否定できないためです。
これは、「説の不確定性1・2」で詳しくご紹介した「児童虐待のみが、多重人格の原因と考えるべきではない」に通じているでしょう