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多重人格の図書館本

多重人格と現代社会

多重人格と記録伝達メディア

多重人格は小説・体験談・映画・テレビ・ドラマなどでも知ることができます。

しかし、これらのほとんどは典型的なタイプや間違ったイメージを覚えさせやすく、多重人格の人びとにでさえも「正しいイメージだ」と思いこませてしまうことがあります。

典型的なイメージで病気の特徴を説明すること自体は悪くないですが、誤用や例外を考える意欲の低下を招きがちなのです。

「こういうものだ」と簡単なイメージを持ってしまうと、意外なことにそれに惑わされやすいものです。

典型的なイメージは「実際に見られる平均的な多重人格」とは違い、多重人格の人びとが実際に抱く気持ちを教えてくれる訳ではありません。

例としては、次のことがありました。

1. はっきり症状の現れる多重人格が典型的なタイプとなったことで、実際に見られる平均的なタイプである「それほどはっきりした症状を現さない多重人格」の人が、診断に驚いた

2. おどろおどろしく描かれた多重人格への誤解が大衆のみならず、多重人格の人へも定着したことから、多重人格の診断を信じてもらえなかった

3. 実際は一部にしかない「犯罪者を初めとした残虐で危険な人」が多重人格の人全体にあるイメージとして定着しやすいのが原因で、危険な人と誤解される

4. たいてい「罰や患者の意思に反して行われる」とされたり、苦痛なものとして描かれたりしやすい「ショック療法」を受けたが、前後に手厚いケアを施され残酷なことは何もされなかった。

頭の動きが鈍くなった感じはしない

記録伝達メディアは1つの例を強調し過ぎることとなり、実際の状況に逆効果を及ぼしてしまいやすいのです。

これはいつの時代も避けられないことで、これからも最新の理論を反映し起こってしまうだろうと指摘されています。

「知識を集めることの限界」にも、つながっているでしょう。

このことや例外を意識することについては「多重人格と向き合う」の章にある「知識を集める」、「多重人格の人への接し方」の章にある「言葉に気をつける」「状況は人それぞれ」でもご紹介します。

ただ、記録伝達メディアがより多くの人びとへ多重人格を意識させ、新しい観点を与えてくれているのも「事実」です。

『多重人格者の心の内側の世界――154人の当事者の手記』では、次のような本があればいいとある方が書いています。

1. 優しい言葉を使い、多重人格を説明している

4. 交代人格の起こすトラブルへ対処する方法を、簡単に説明している

もしかしたら、出された条件に当てはまる本はこれの書かれていた本自体かもしれません。

この本については、「多重人格と向き合う」の章にある「体験談を読む」で詳しくご紹介します。

多重人格と文化

「多重人格は文化特有の症候群か」の議論がなされています。

リチャード・クラフトはオランダ・ノルウェー・トルコなど複数の国を調べても同じような発症率であり、文化特有の症候群ではないとしています。

一方、「インドの発症率が少ないのは、多重人格と似た憑依状態が文化に強く根づいているため」とする指摘もあり、『DSM-Ⅳ』(『精神障害の診断・統計マニュアル』第4版)には「アメリカでは近年、発症率の高くなっていることから文化特有の症候群では」と書かれています。

日本では、多重人格の報告が少ないほうだろうとされています。

その理由の1つとして挙げられているのが「日本文化との関連」です。

報告は少ない方とされていますが、日本で行われた最初の報告は世界規模で一旦研究の衰退し始める、1920年代頃すでにありました。

1917・1919~1926年、中村古峡の主宰していた雑誌で行われたのです。

日本は「本音と建て前」の文化を持ち、インドのように「憑依状態」へ強い馴染みを示しています。

多重人格に似たことが「文化」として人びとに根づいていることから、発症が抑えられているのではと指摘されているのです。

また、多重人格と憑依状態は「個人の事情からなる状態と文化に依存してなる状態」、「治療の必要な症状に苦しんでいる状態といない状態」に区別できるとされています。

最後に、「儀式的虐待」について詳しくご紹介します。

多重人格であることによって「オカルトの生贄」となり、ふたたび受ける場合や関係者が本人の交代人格や多重人格だと気づいていない他のオカルト参加者から、虐待される可能性もあるといいます。

このことにも、注意するといいでしょう。

ただ、あくまでも「そのような場合もある」であり、「必ずなる」「高い可能性でなる」とは書いていません。

多重人格と男女差

「多重人格になった人の男女比は1:9」という臨床像があります。

しかし、本当は同じ比率だと指摘されています。

この問題はたいへん昔から存在しましたが、必要とされているほど議論は起こっていないといいます。

イアン・ハッキングは『記憶をかきかえる――多重人格と心のメカニズム』で議論から出された説や、18世紀から現在になっても見られる次の特徴を紹介しています。

1. 多重人格と診断を下された人はほとんど女性

議論から出された説やこれらの特徴には、「社会の要求する男女のイメージ」が反映されています。

多重人格状態から新たな生き方を見出し、イメージから解放される女性もいるようです。

ハッキングはこの問題が、フェミニストの立場から議論されるべきだとしています。

『多重人格者の心の内側の世界――154人の当事者の手記』には、ある男性多重人格者の意見があります。

交通違反さえしたことのない、道徳心のある方です。

多重人格や身体的・性的虐待、近親姦が原因で治療を受けている人について描いたものはほとんど、被害者や生存者を「女性」と想定していると言っています。

サポートグループに「女性のための」と貼り紙されていたり、「育てなおし(リペアレンティング)」や退行を促す作業時に暴力や性的な何かが入ってくると考えられたことから、治療する人に男性の多重人格者が引き受けられなかったりすることがあるようです。

このような男女差について書かれた出版物はありますが、それは女性によって書かれ編集され、女性が対象になっていると書いています。

多重人格・虐待・近親姦についての統計やそれらの発表方法、セルフヘルプの本やグループなどの内容は男性多重人格者の典型的なイメージを作り出し、実際の状況に悪影響を与えているとしています。

同時に、社会で言われている「強くあれ」という男性へのイメージが、治療する人へ援助を求めることを抑えてしまうのです。

多重人格は男女同じ比率でなるものと考えられ、社会の要求する男女のイメージによる悪影響を受けています。

男性多重人格者の立場から考えられた何かも、議論ではもっと必要でしょう。

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