に投稿

多重人格とは

多重人格とは?

  • 病名の変化

みなさんは、二重人格を含む「多重人格」(Multiple Personality Disorder:MPD)の別名を知っていますか?

それは、解離性同一性障害(Dissociative Identity Disorder:DID)です。

この名は、1994年に『DSM-Ⅳ』(『精神障害の診断・統計マニュアル』第4版)から使われ始めました。多重人格について調べたい場合は、この名も知っておくといいでしょう。

では、この名に使われている「解離性」「同一性」とはなんでしょうか?

解離性とは「解離性障害」の言葉から来ています。多重人格は、この1種です。

これと解離については、「解離に関して・症状・統合失調症との違い」の章の「解離と解離性障害」で詳しくご紹介します。

そして、同一性は「自我同一性(アイデンティティ)」を表しています。言い換えれば、解離性同一性障害は「解離性のある、自我同一性に関したもの」となります。

この名称を新たに使うことで、多重人格の特徴がより明らかになったのですが、現在でも「多重人格」の言葉は広く使われています。

なお、二重人格は「多重人格」と表される前の名として使われてもいました。たとえば、イアン・ハッキングは『記憶を書きかえる――多重人格と心のメカニズム』でルイ・ヴィーヴを挙げています。

彼は、はっきり区別のつく2つ以上の人格を持っていましたが、1885年になるまでは「二重人格」とされていました。

著者は本の中で、彼を「最初に「多重人格」とされた人物」と書いています。

  • 古典的・現代的多重人格

多重人格は19世紀末から20世紀初めまで、盛んに研究されていました。しかし、1920年代からはしばらく、その動きが衰退することとなりました。

ふたたび盛んとなったのは、1970年代です。

この時期の研究により、1920年代以前にも考えられていた多重人格と心的外傷(トラウマ)の深い関係が、明らかになりました。

一丸藤太郎は『臨床心理学大系 第17巻 心的外傷の臨床』で、多重人格に見られるタイプを、「古典的多重人格」と「現代的多重人格」に分けました。

まず、古典的多重人格は二つのタイプに分けることができます。

  • 慢性的、または急激な強いストレスからの「心的エネルギーの低下」が原因
  • 対象喪失、性被害からの心的外傷が原因

1については次の通りです。

《原因の具体例》

結婚生活や親の介護

《交代人格(もっとも頻繁に体を動かす「主人格(ホスト)」以外の人格)の数》

2~3

《治療方法》

短期間の休息で比較的治る

一方、2については次の通りです。

《原因の具体例》

対象喪失は失恋や大切な人の死、性被害はレイプ

《交代人格の数》

2~5

《一緒に出る症状》

ヒステリー・パーソナリティー(わざとらしい・おおげさの特徴を持つ人格)

抑うつ

解離性症状

《一緒に出る行動》

自殺を考える

自分を傷つける

《背景》

ヒステリー・パーソナリティーのような特有の人格傾向

特有の生育環境・生育歴

※当てはまる生育環境の具体例

  • 親がやさしい人になったり、暴力的な人になったりする
  • 親がやり過ぎなくらいに道徳的であることを求めるのに、その親が反した行動をしている。
  • 大家族

※当てはまる生育歴の具体例

  • 頻繁に住む場所を変える
  • 経済環境が急に変わる
  • 母親とじゅうぶんな信頼関係が築けず、代理となった人が死んだ
  • 親友の死
  • 失恋

《治療方法》

治療する人が特別に働きかけなくても、心理療法で治せる

一方、現代的多重人格は、次の通りです。

《原因》

性的・身体的虐待を中心とした、幼児期からの長期にわたる虐待

《交代人格の数》

6~

《一緒に出る症状》

シュナイダーの第一級症状

境界性人格障害など

《一緒に出る行動》

自殺を考える

深刻なくらい自分を傷つける

暴力

犯罪

やり過ぎなくらい、性的に逸脱した行動など

《治療方法》

特別な働きかけを積極的にする

心的外傷への心理療法

薬物療法

危機にあう場合の入院治療

原因は古典的多重人格のタイプ2に似ていますが、幼児期にあったか・長期かの部分に違いがあるでしょう。

1970年代以降に報告された多重人格は、おもに現代的多重人格です。

解離に関して・症状・統合失調症との違い

  • 解離と解離性障害

多重人格は別名「解離性同一性障害」と呼ばれています。

「解離性」は、多重人格が「解離性障害」の1種であることを表します。

解離とは意識・記憶・人格のような通常統合されている機能が崩れてしまうことです。

この言葉は1907年、ピエール・ジャネによって初めて使われましたが、アンリ・エレンベルガーが1970年に紹介するまで忘れられることとなります。

病気のない人でも、白昼夢やディスコでの激しい陶酔などによって解離を体験します。

病気を起こすくらいの解離は、虐待などによる心的外傷(トラウマ)を処理するために起こされます。

普段の意識とは断裂した別の意識へ記憶を置くことで、忘れてしまうのです。

言い換えれば、解離は「人生を生き延びるための手段」です。

「生きる奇跡」「知性的に編み出した方法」「才能のある友人をたくさん持っている状態」と表現された例もあります。

しかし、逆に「幼い子どもの心をばらばらにすること」としている人もいます。

そして、多重人格を含んだ解離性障害は1980年の『DSM-Ⅲ-R』(『精神障害の診断・統計マニュアル』第3版の改訂版)で初めて使われました。

自分の命が脅かされるような場面や、解決不可能な問題などによって起こります。

診断名の一覧は、次の通りです。

《心因性健忘》

大切な個人情報を、急に思い出せなくなる。

非常に広い範囲を忘れ、普段起こる物忘れとしては説明できない。

《心因性遁走》

家庭や職場から、突然放浪する。

新しい自我同一性(アイデンティティ)が取って代わり、過去を思い出せなくなる。

《離人症性障害》

離人症状エピソード(通常の現実感覚が失われたり、変わったりすること)が持続・反復し、明らかな苦痛を起こすほど重い。

《特定不能の解離性障害》

『DSM-Ⅲ-R』にあったカテゴリー。

解離症状がおもとなっているが、上に挙げた解離性障害に当てはまらない。

症状としては他に、外からの刺激に対する感覚遮断・失立・失歩・失声が挙げられます。

ただ、他の精神的な病気が原因で起こっている場合は当てはまりません。

症状

《解離性症状》

  • 健忘
  • 遁走
  • 自己意識の不調(離人症・現実感喪失・自我同一性(アイデンティティ)の混乱・体外離脱体験など)

症状だと自覚されていない場合もあり、治療初期にすべて把握することはできません。

心因性健忘や遁走、離人症は「解離と解離性障害」で詳しくご紹介しています。

《情動・衝動の調節が不調》

1. 情動に関して

怒りの調節が上手くできない・感情麻痺・抑うつ・気分変動・不安・恐怖など

2. 衝動の制御が上手くできない

3. 依存症

アルコールや薬など、物の乱用・ギャンブル依存・摂食障害・性に関した特定の依存

4. 自殺を考える・リストカット

5. 犯罪などの反社会的行動

《統合失調症(精神分裂病)と重なる症状》

統合失調症の診断基準「シュナイダーの第一級症状」11個の内、平均3.4~6.6個当てはまります。

中でも「幻聴」は多重人格の人に、1番よく見られる症状です。

「頭の中の声」「自分の内部にある声」と言ってきます。

一方、統合失調症の人は「外部から侵入してくる声」と言います。

詳しくは、「多重人格・統合失調症の幻聴」でご紹介します。

《身体症状》

1. 痛み

頻回の激しい頭痛・四肢の疼痛・慢性痛・腹痛など

2. 性的疾患

3. 睡眠障害・悪夢

4. その他

感覚や運動機能の麻痺・けいれん・失声・呼吸困難・飲み込むことの困難・嘔吐・消化器症状・昏迷したような症状・体の病気ではないのに、そのような症状が出る

とくに、「頻回の激しい頭痛」はよく伝えられる症状です。

性的疾患については、虐待が原因であるとも考えられえています。

《自己評価・人間関係の構築が上手くできない》

1. 自己評価に関して

基底欠損を認める・自己評価が低い

2. 人間関係に関して

緊張しやすい・見覚えのないことで責められやすいと感じる・控え目になって孤立したり、やり過ぎなくらい依存する・見捨てられる不安を持つ

多重人格と診断される人の中には、社会に上手くなじめないが、能力の高い人もいます。

《再犠牲化》

幼少期に体験した外傷体験を再現するような危険に、自分の身をさらすことです。

くり返し起こる強迫観念から生じ、児童虐待を受けた人に多く見られます。

以上が、症状です。

他の精神的な病気に見られる症状と、大きく重なっています。

そのため、誤診されて治療の成功しないケースが多くあります。

  • 多重人格と統合失調症の違い

多重人格の人に下される誤診の1つに「統合失調症(精神分裂病)」があります。

1920年代に多重人格の研究が衰退した理由は、この診断名が使われ始めたからです。

この病気の診断基準「シュナイダーの第一級症状」11個の内、平均3.4~6.6が多重人格の人に当てはまります。

多重人格と統合失調症の違いを、次から挙げていきます。

なお、幻聴については「多重人格・統合失調症の幻聴」で詳しくご紹介します。

《分裂するもの》

1. 多重人格

思考・感情・行動を統制する「自我同一性(アイデンティティ)」が分裂します。

言い換えれば、「私」や「俺」、「僕」という1つの統制機関が分裂するのです。

2. 統合失調症

統制機関のまとめる「思考・感情・行動」という個々の機能が分裂します。

思考の末出そうと決めた感情と実際に出た感情、心の中にある感情と肉体の反応から推測される感情の間に、違いが出てきたりするのです。

《論理と現実への感覚》

1. 多重人格

論理と現実への感覚に「問題はない」とされますが、断片化されていきます。

2. 統合失調症

認識力と秩序観の喪失から、論理と現実への感覚に「問題がある」とされます。

《統合失調症のような症状の出る期間》

1. 多重人格

統合失調症のような症状を見せますが、「短期間」でなるものとされています。

2. 統合失調症

診断が下される基準は『DSM-Ⅳ』(『精神障害の診断・統計マニュアル』第4版)の場合「少なくとも6ヶ月」、『ICC-10』(WHОの発行している、国際疾病分類の改訂版)の場合「1ヶ月」です。

《陰性症状の有無》

統合失調症の症状には、「陽性症状」と「陰性症状」があります。

シュナイダーの第一級症状は、すべて陽性症状です。

例としては幻聴・自分の考えていることが声になって聞こえる・自分の行動や考えが、外部によって支配されていると考える体験が挙げられます。

陽性症状は「普段は起こさないような行動」とされ、周りの人びとに驚きを与える症状です。

一方、陰性症状の例は突然起こる短時間の意識消失や動作停止、まったく起伏のない感情が挙げられます。

多重人格では、この症状が挙げられません。

多重人格・統合失調症の幻聴

シュナイダーの第一級症状中、1番多重人格の人に見られる症状は「幻聴」です。

多重人格と統合失調症の幻聴には、次の違いがあります。

《聞こえてくる声がいつのものか》

1. 多重人格

過去に聞いた声が聞こえてきます。

2. 統合失調症

現在語られている声(外部からと言われることが多い)が聞こえてきます。

《聞こえる状況と手段》

1. 多重人格

音調や状況が、声と一緒に生なましく再生されます。

音調は一定です。

聞かせている手段より、生なましく再生される過去の状況が問題とされます。

2. 統合失調症

通常、状況が具体的に語られません。

音調は、しだいに起伏のないものへと変わっていきます。

状況は問題とされず、語る手段の方が問題とされます。

《持続時間・夢に出てくるか》

1. 多重人格

一瞬しか持続せず、夢にも出てきます。

2.統合失調症

持続的で、通常夢には出てきません。

出たときは、症状のなくなる時と言われています。

《言葉で上手く説明でき、自分から呼び起こせるか》

1. 多重人格

はっきり、生き生きとした言葉で説明できます。

呼び起こそうとすると、できる場合が多いです。

2. 統合失調症

言葉で説明できず、しても反復・単調・非現実的な説明となってしまいます。

呼び起こそうとする積極性は、通常ありません。

《薬の効果・消滅するか》

1. 多重人格

薬の効果は薄いです。

消滅するというより遠くなって衝動が薄れる状態となり、長年経っても再生できます。

2. 統合失調症

薬の効果は通常かなりあります。

幻聴は完全に消滅させることができます。

以上です。

岡﨑順子は『臨床心理学大系 第19巻 人格障害の心理療法』で、多重人格の幻聴は「頭の中の声」「自分の内部にある声」、統合失調症の幻聴は「外部から侵入してくる声」と区別しています。

原因

  • クラフト・ロスの説

多重人格の原因を説明したものとして、リチャード・クラフトの挙げた4因子が有名となっています。

それらは、次の通りです。

1. 多重人格の人が生まれつき持っている、解離になりやすい傾向

心的外傷(トラウマ)を処理して生き延びるための生物学的(自然な)反応として、解離を引き起こすのが多重人格につながるとされています。

このように、病的な解離になっていきやすい傾向に関して「もろくて弱い性質」があるかもしれないと考えられています。

似た症例も報告されているようです。

2. 性的虐待などの心的外傷

幼少期の児童虐待も、この因子に当てはまります。

フランク・パットナムは子どもを狭く暗い場所に閉じ込め拘束する「監禁状態」も、当てはまると指摘しています。

3. 虐待などの外部から与えられる心的外傷に対して、生まれつき起こしやすい病的な解離が生じ習慣化していくこと

4. 心的外傷を癒す、家庭や地域の機能が不足している

岡﨑順子は『臨床心理学大系 第19巻 人格障害の心理療法』で、この因子を「――――子どものネグレクトや孤立に関する項目――――」(P、260)と書き、岡野憲一郎が『外傷性精神障害』(1995年11月 岩崎学術出版社)で指摘している「身体的・情緒的ネグレクトや養育放棄」に近いとしています。

以上です。

なお、この説に関して問題が提示されているため、これを「説の不確定性」で詳しくご紹介します。

クラフトの4因子説とは別に、コリン・ロスは次の4経路を挙げました。

数字の表記を変更して、次に引用します。

1. 児童虐待経路

  • ネグレクト経路
  • 虚偽性障害経路
  • 医原性経路

(『臨床心理学大系 第19巻 人格障害の心理療法』P、261~262なお、元は「Ross,1996」より)

1はクラフトの4因子の2、2は4に近いとされています。

そして、3は「治療」の章にある「注意されること2」、4は「治療」の章にある「催眠療法」で関連したことをご紹介しています。

  • 虐待とPTSD

多重人格になる原因として強く意識されているのが、「児童虐待」です。

これを受けた多重人格の症例が、多く報告されています。

そのため、多重人格はPTSD(外傷後ストレス障害)の1つとして考えられようになりました。

PTSDとは、強い恐怖感を伴うできごとが原因で起こるもので、次の症状が出ます。

1. 覚醒時や夢で、再体験する

2.1の症状から回避しようと思い出せなくなったり、感情が麻痺したようになったりする

3. 何かを意識し過ぎた「過覚醒状態」にもなる

これらの症状が1ヶ月以上続くと下される診断名で、2日~4週間以内だと「急性ストレス障害」になります。

また、多重人格は解離性障害の1種です。

解離性障害については、「解離に関して・症状・統合失調症との違い」の章の「解離と解離性障害」で詳しくご紹介しています。

これは原則的に、外傷性記憶を伴うとされています。

通常の解離性障害が1回の外傷体験でも生じるのに対し、重度の解離性障害とされる多重人格は、児童虐待のような反復性の外傷体験と強く結びついていると言います。

アメリカで外傷性精神障害の第一人者とされるJ.L.ハーマンは、1回限りの心的外傷による後遺症と、反復性の心的外傷による後遺症を分けた方がいいとしました。

この内、後の方は「複雑性PTSD(心的外傷後ストレス障害)」と呼ばれ、多重人格も含まれます。

心的外傷は1907年ピエール・ジャネによってすでに注目されていましたが、1970年代になるまでは忘れられていました。

児童・性的虐待への注目やベトナム帰還兵にPTSDが見られたことから、ふたたび研究されるようになったのです。

日本では、1995年の阪神・淡路大震災からPTSDが有名になり、精神科の診察でも念頭に置かれるようになりました。

その結果、児童虐待を受けたことのある子どもや犯罪の被害者、偶然い合せた人が酷い心的外傷を負っていることがあらためて注目されていました。

ただ、この状態が「「まだ」注目の段階である」と言い換えられることに注意です。

児童虐待を受けた経験のない多重人格の症例も増えてきていて、児童虐待を多重人格の原因として意識し過ぎるのは慎んだ方がいいと指摘されているのです。

このことについては、「説の不確定性1・2」でイアン・ハッキングの論を例に挙げて、詳しくご紹介しています。

  • 説の不確定性1

イアン・ハッキングは『記憶を書きかえる――多重人格と心のメカニズム』で多重人格の原因を説明した「リチャード・クラフトの4因子説」を紹介しています。

これについては、「クラフト・ロスの説」で詳しくご紹介しています。

そして、「――――解離能力を持つ子供――――」(P、110)の表現に注目し、多くの文献がこの能力を生まれつき・遺伝的なものとして示唆していると指摘します。

この示唆には、2つの重要な要素が含まれています。

1. 解離は連続した線として表せる

もっとも解離しやすい人・しにくい人を両端に置くことで、すべての人を連続した直線内に順番つきで並べることができます。

ここから、解離を程度の大小のみで論じることが可能だと、仮定が立てられるのです。

2. 解離のしやすさが遺伝される可能性

1の要素から考えられた仮定から、浮かぶ要素です。

2のように遺伝学的な志向を持つ主張は、立証が非常に難しいのです。

ハッキングはこのような相関関係に対して、くれぐれも慎重に臨まなければならないとしています。

この指摘については、「説の不確定性2」に続きます。

  • 説の不確定性・2

「説の不確定性1」では、イアン・ハッキングが『記憶を書きかえる――多重人格と心のメカニズム』で「リチャード・クラフトの4因子説」から考えたことをご紹介しました。

続けて、彼はクラフトのような説を支えていると考えられる、3つの証拠を挙げています。

《幼少期の心的外傷(トラウマ)や、とくに繰り返された性的虐待が大人になって、精神医学に関したある後遺症になること》

あくまでも、そう変わる「かもしれない」です。

大量の口承伝説が、このことの裏づけとされています。

しかし、合意が得られて確定した特定の関連知識は、ほとんどないようです。

有望な取り組みとして「PTSD(外傷後ストレス障害)に関する研究」はありますが、多重人格を理解する上での手がかりとなる明確な見通しにはなっていないと、ハッキングは指摘しています。

《臨床体験》

多重人格の人が説に合わせて自分の解離を説明する危険性があります。

治療の際、本当でないことが事実に変わってしまうかもしれないのです。

これはコリン・ロスが多重人格の原因の1つとして「医原性経路」を挙げていることからも言えます。

《子どもの中で発達する多重人格の調査》

多重人格の原因が幼少期に始まるのなら、その時に治せば未来を改善することができます。

そのため、交代人格や人格断片が完全にできていない子どもの多重人格を見出すことが、治療での非常に大きな目的となったのです。

ハッキングはフランク・パットナムの説もクラフトの4因子説と共に、反論の対象としています。

精神の動揺した子どもと多重人格の関連を知るためにこのような子どもを綿密に調査するのは、パットナムの説の長所だと言います。

しかし、多重人格を「子ども-大人」と連続したように考えるのは矛盾をはらんでいると指摘します。

幼少期に治療を受けなければ、その内に多重人格の徴候が現れてしまうことになるためです。

子どもの多重人格は、大人の多重人格とは違うのです。

以上です。

イアンは幼児期に繰り返された虐待が多重人格の原因となることを発見していず、これのみが原因だと考えるべきではないと指摘しています。

たしかに、

クライエントが虐待を受けたと報告したものであり、その事実を確かめるような情報に裏づけられたものではない

(『臨床心理学大系 第17巻 心的外傷の臨床』P、127)

改めて注目されている

(『臨床心理学大系 第20巻 子どもの心理臨床』P、287)

といった言葉が見られます。

後の方は「「まだ」注目の段階である」と考えることもできるのです。

今まで書いた指摘から考えられる結果は、一丸藤太郎の指摘した「いくつかに分けられる多重人格のタイプ」でしょう。

これについては、「多重人格って何?」の章の「古典的・現代的多重人格」で詳しくご紹介しています。

ただ、「説の不確定性1・2」に挙げたハッキングの指摘は1995年時点でのものです。

ここにご注意下さい。

  • 心的現実と心的外傷

1920年代に多重人格の研究を衰退させる原因の1つを作ったジークムント・フロイトは最初、心的外傷(トラウマ)に注目していました。

しかし、その注目は後に「心的現実」へと移ることになります。

心的現実とは、過去の体験自体を表す言葉です。

これと違って、心的外傷は過去の体験が「現在、どのような扱いとなっているか」を表します。

「過去の体験」という現実ではなく、「そう呼ばれている現在の記憶」とも考えられるのです。

一丸藤太郎は『臨床心理学大系 第17巻 心的外傷の臨床』で、心的外傷論のみならず心的現実論も共に扱い、統合させる必要があると指摘しています。

心的外傷のみに注目しようと意識し過ぎて、事実とは違う記憶の形成・強化を起こしてしまう可能性を否定できないためです。

これは、「説の不確定性1・2」で詳しくご紹介した「児童虐待のみが、多重人格の原因と考えるべきではない」に通じているでしょう

診断

  • 『DSM-Ⅳ』の診断基準

『DSM-Ⅳ』(『精神障害の診断・統計マニュアル』第4版)によると、多重人格の診断基準は次の通りになっています。

  • 2つまたはそれ以上の、はっきりと他と区別される同一性(アイデンティティ――こちらで付けた注)または人格状態(その各々は,環境および自己について知覚し、かかわり、思考する比較的持続する独自の様式をもっている)。
  • これらの同一性または人格状態の少なくとも2つが、反復的に、患者の行動を統制する。
  • 重要な個人的情報の想起が不能であり、ふつうの物忘れでは説明できないほど強い。
  • この障害は、物質(例:アルコール中毒時のブラックアウト(記憶喪失――こちらで書いた注)または混乱した行動)または他の一般身体疾患(例:複雑部分発作)の直接的な生理学的作用によるものではない。

注:子どもの場合、その症状が、想像上の遊び仲間または他の空想遊びに由来するものではない。

(『臨床心理学大系 第19巻 人格障害の心理療法』P、259 なお、元は『DSM-Ⅳ』より)

1つ前の『DSM-Ⅲ-R』、2つ前の『DSM-Ⅲ』を踏まえたこの診断基準では、2つの点が変更されています。

《診断基準C(健忘の有無)の追加》

交代人格間の関係は

「お互いにもう一方を知っている」

「片方だけがもう一方を知っている」

「お互いにもう一方を知っている」

の3タイプに分かれます。

実際には、1人の中でこれらのタイプが複雑に絡んでいるのです。

この内、1番上に書いたタイプは健忘が生じないとされ、多重人格とは診断されません。

『DSM-Ⅳ』の発行される前、健忘の有無に関する判断を巡って混乱が生じていました。

また、健忘の認められない人を含めると、他の病気と混同されてしまうのです。

診断基準Cは、この経緯から追加されました。

《言葉の変更》

「2つ以上の異なる人格」→「他と区別される同一性」

「人格」→「同一性」

(『臨床心理学大系 第17巻 心的外傷の臨床』P、120 なお、元は『DSM-Ⅳ』より)

と変更されました。

また、日本語訳される前の原版では診断基準Aにある「――――existence――――」(上の2つと同じ、元は『DSM-Ⅲ-R』)が「――――presence――――」(上の2つと同じ、元は『DSM-Ⅳ』)と変更されています。

日本語版では「存在」と訳されています。

「人格が存在する」だと、複数の人が本当にいると強く印象付けられてしまうのです。

本当に大切とされているのは「そういう体験をしたこと」であると言います。

以上です。

『DSM-Ⅳ』の診断基準では明らかに「健忘」が認められること、2つ以上の同一性がある体験をしていることが重要とされるのです。

発症率と特有のアプローチ

多重人格は診断の困難なことから、発症率に関する議論が多くなされています。

積極的に取り組んできたリチャード・クラフト、コリン・ロス、フランク・パットナムは発症率を「精神科入院患者の5%」「全人口の1%」としています。

『DSM-Ⅳ』(『精神障害の診断・統計マニュアル』第4版)では、報告される症例の増加を明らかにしています。

ただ、発症率自体は示されていません。

発症率に関して、暗示にかかりやすい性質から多重人格でないのにそう診断される症例がある、という批判があります。

そうなる理由の一つとして挙げられているのが、「クラフトを初めとする、多重人格へ積極的に取り組んできた専門家特有の診断的・心理療法的アプローチ」です。

クラフトは専門家が多重人格へ積極的になり精通すれば、すべての多重人格の内およそ20%は診断できると言いました。

そして、残り80%の半分40%は工夫した方法で診断できるとしました。

特有の診断的・心理療法的アプローチは、このような診断の難しい多重人格のために行われることとなったのです。

アプローチは、多重人格に当てはまりそうな徴候の見られる人から、交代人格を「呼び出す」という積極的な関わりをするものです。

その徴候は、専門家によって異なっています。

ただ、別々の徴候にも共通点の見られることはあります。

例として、クラフトとロスの定めた徴候に見られる共通点を次へ挙げてみました。

1. 過去の治療が失敗している

  • 記憶に抜け落ちたところが存在する
  • 頭の中から聞こえてくる幻聴がある
  • シュナイダーの第一級症状(統合失調症(精神分裂病)の診断基準)にある症状が見られる
  • 虐待を受けたことがある

別々の徴候に見られる共通点は、さらに信頼性が増すでしょう。

  • アンケートによる診断

健忘や幻聴、自分で自分を傷つけようとする行動が見られ、それまで治療が成功していない場合は、面接時にDES-T(タクソメトリー法による解離体験尺度)を使うのも効果的だと言われています。

DES-Tはその前にあったDESより信頼性が高く、簡便なものだとされています。

その例は、岡﨑順子が『臨床心理学大系 第19巻 人格障害の心理療法』で挙げています。

一部表記を変えて、引用しました。

1. 買った覚えのないものが部屋にあったことがありますか?

  • 自分の身体が自分のものでないように感じられることがありますか?
  • 気づくと、自分が来た覚えのない場所にいたことがありますか?

(P、14)

これに関して、イアン・ハッキングは1995年に『記憶を書きかえる――多重人格と心のメカニズム』にて、DESを取り上げています。

多重人格のアンケートには、印刷された質問に答える「自己管理型」と、面接官の行うマニュアルに基づいた一定の質問に答える「精査タイプ」があると言います。

DESは最初の方に当てはまりますが、DES-Tは面接時に質問されることから考えると、DESと違って後の方だと言えるでしょう。

先ほどDES-Tにある質問の例を挙げましたが、ハッキングは前に書いた本でDESの質問例として、次のものも挙げています。改行し、数字を付けて引用しました。

1. 嘘をついたとは思っていないのに、嘘つきだと非難されること。

  • 自分の持ち物の中に見覚えのないものが見つかること。
  • 自分では思い出せない何かをやったという証拠を発見すること。
  • 結婚とか卒業といった、自分の人生の中で重要な出来事の記憶がないこと。
  • あなたの知らない人が、あなたの名前を呼びながら近づいてくること。
  • 友人や家族の一員が誰なのかわからなくなること。

(P、126~127)

前に挙げたDES-Tの質問例1と、この質問例2は同じ質問と言うことができます。

他の質問を比べてみても、似た雰囲気が感じられてきます。

DES-TはDESの当てはまる自己管理型より細かい精査タイプのアンケートであるものの、質問内容はDESと似ているかもしれないのです。

ハッキングはDESに対して、質問が率直過ぎることから本当の状態とは違う答え方をされてしまう、と指摘しました。

質問内容の似ているかもしれないDES-Tにも、そのことが言えるでしょう。

そして、ここに挙げたDESの質問例は、ハッキングいわく「多重人格の原型と言えるタイプについての、古典的観点を含んだ質問」です。

よく聞く多重人格のイメージですが、それはあくまで、このような観点でしかないと言えます。

  1. 人格交代の徴候・他の診断過程

《人格交代を確認する上での大切な徴候》

多重人格の診断では、交代人格の確認が重要とされ、次の徴候が見られる場合はその可能性があるとされています。

1. 見た目の変化

  • 使う言葉や話し方の変化
  • 生活習慣の変化
  • 生理学的反応(利き腕、視力、脳波、痛感やアレルギー反応など)の変化
  • 文字や絵のかき方の変化(日記のページが破られていたり、斜線などで消されていたりする場合を含む)

5に関して、本人にはそうした記憶がありません。

《確定診断》

この診断を受けるには構造化面接法が行われ、解離性障害面接基準(SCID-D-R)を満たす必要があります。

構造化面接法は、特定の人に対する評価や診断を目的とする「査定面接法」の1つです。

特定の情報を確実に得るために決められた順番・質問を行っていく方法で、「標準化面接法」「指示的面接法」とも呼ばれています。

面接では、得られた情報の客観性・信頼性が問題とされます。

そのため、この面接法ではあらかじめある条件が満たされていなければならないと言われています。

実際にはすべてが決まった内容で行われる「厳密な構造化面接」より、細かい部分で柔軟に対応を変える「半構造化面接」が用いられやすいです。

構造化面接法はより細かい種類に分けることができます。

多重人格の確定診断に使われる構造化面接法は「SCID(DSM-Ⅳ用構造化臨床面接)」の1つです。

この方法では質問文がマニュアルとしてあるものの、質問の尋ね方は面接官の裁量に委ねられています。

そのため、半構造化面接法に分類されることもあります。

《鑑別診断》

脳しんとうの後に起こった健忘など、器質性疾患(脳に何らかの障害が起こることにより、なる疾患)を鑑別するための脳波検査、MRIなどの身体医学的な検査は欠かせないとされています。

また、MMPI(ミネソタ多面人格目録)やロールシャッハ・テスト、TEG(東大式エゴグラム)などの心理検査は多重人格になっていることをほのめかす場合があります。

自分で自分を傷つけていないか身体検査の行われる場合もあるため、知っておいてもいいでしょう。

  • 誤診に注意!

多重人格は他の精神的な病気を始め、違う病気にも見られる症状を持っています。

そのため、誤診を受けやすいのです。

中には、1人で24個以上の誤診を受けた方もいらっしゃいます。

「多重人格」という正確な診断を受けるには、数年かかると言われています。

多重人格の人が実際に受けた誤診例を、次に挙げました。

「解離に関して・症状・統合失調症との違い」の章にある「症状」で詳しくご紹介している、多重人格の症状それぞれへ関係してきそうな病気ごとに種類分けしています。

《解離性症状》

健忘症、ブラック・アウト(記憶喪失)

《情動・衝動の調節が不調》

季節性感情障害、感情障害、躁的うつ病、双極性うつ病、自殺企図、ヒステリー、気分変調症、神経症、物質乱用、摂食障害

《精神病に似た症状》

境界性人格障害、分裂性人格障害、統合失調症(精神分裂病)、人格障害、精神病、器質性精神障害(脳に何らかの障害が起こることによりなるもの)

《身体症状》

さまざまな程度の視覚障害(全盲を含む)、甲状腺機能障害、身体化障害、偏頭痛、心臓病、不眠症、側頭葉てんかん、性障害、失読症、仮性麻痺、聴力障害

これらから分かる通り、誤診された症状は多重人格に見られる症状と言えます。

誤診名によく取り上げられていた「統合失調症(精神分裂病)」との違いについては、「解離に関して・症状・統合失調症との違い」の章にある「多重人格と統合失調症の違い」や「多重人格・統合失調症の幻聴」で詳しくご紹介しています。

治療

  • 目標・原則・治療の原型

過去の多重人格の治療では、解離した多重人格の融合・統合が大切な目標とされていました。

しかし、現在は「本人の今、直面している困難の解決」が大事とされています。

それぞれの自我同一性に協力して困難に立ち向かうよう自覚させ、統御できる能力を多重人格の人へ身に付けさせるのです。

中には、多重人格が人生を生き延びていくための手段であると考え、そのままでいたいと希望する人もいます。

治療の目標は本人が決めるものであり、その希望は治療する人に尊重される必要があるのです。

治療は原則として、個人での心理療法が行われています。

心的外傷(トラウマ)を扱う必要があり、治療が再外傷体験となる場合があります。

治療を受ける時は、このことに注意しておくといいでしょう。

治療する人の間でも、気をつけるようにされています。

そして、PTSD(外傷後ストレス障害)の治療過程に沿って行われることが多いです。

多重人格がPTSDと、強い関係を持っているためでしょう。

詳しくは、「原因」の章にある「虐待とPTSD」でご紹介しています。

この治療過程については、ジュディス・ハーマンが次のように分けています。

第一段階:安全の確立

第二段階:回想と服喪

第三段階:通常生活との再結合

(『臨床心理学大系 第19巻 人格障害の心理療法』P、266 なお、元は「Herman,1992」)

これを元にして主張されている治療過程については、「治療過程」で詳しくご紹介しています。

  1. 注意されること1

《治療目標の選択と、進めるスピード》

実際に治療を体験した人達は「非常に辛い」と語ることが多かったです。

生き延びるために思い出せない場所に置いた心的外傷(トラウマ)は、細かく練られた治療に対しても大きな影響を与え得るのです。

治療する人は本人の状態に気を遣いつつ、治療目標や進めるスピードを決定します。

ただ、「非常に辛い」とした声から、治療に対して恐怖を抱くことは状態を悪化させるでしょう。

大切であるのは「どういう治療かあらかじめ、少しでも知っておくこと」です。

「非常に辛い」と語った人の中には、「あらかじめ知っておけばよかった」とも語っている人が結構いました。

なお、治療目標については「目標・原則・治療の原型」でも詳しくご紹介しています。

《交代人格の取り扱い》

治療する人は、各交代人格の取り扱いに違いを持たせるべきではないと言われています。

交代人格のあるままでいいとする人もいますが、ほとんどはこの状態を解決したい人でしょう。

そのため、交代人格が別の存在だと思わせるのではなく、「解離による困難の解消と統御能力をしっかり身につけさせること」が治療の目標となっているのです。

《蘇った記憶》

心理療法を始めると、多くは幼児期に受けた虐待の記憶を取り戻します。

これに関して、アメリカ精神医学会やオーストラリア精神医学会は、次の発表をしています。

1. 思い出せなくしてから長い年月が経っても、正確な記憶を思い出せる状態にすることはできる

2. 年月の経過によって記憶の正確さを検証できないため、一部の人が実際とは違う記憶を作ってしまっている可能性も否定できない

多重人格の人が外傷性記憶を語り始めた場合は、「患者の語る真実」として傾聴され、治療する人による真偽の確認や細部の究明は「治療行為」として合わないと言われています。

多重人格の人自身が、自分の記憶を再評価する余地を残しておくのです。

《家族との関わり》

多重人格になる原因の1つに、児童虐待が挙げられています。

これについては「原因」の章にある「虐待とPTSD」で詳しくご紹介しています。

児童虐待を起こしたのは、原家族の関係している場合があります。

そのため、原家族に対して反発や愛着、実際と違った認識の生じている場合もあるのです。

治療する人はもし可能であれば、家族と会うなどして本人との関係を改善していくよう努めた方がいいとされています。

  • 注意されること2

「注意されること・1」では、次に挙げる4つの注意について詳しくご紹介しています。

《治療目標の選択と、進めるスピード》

《交代人格の取り扱い》

《蘇った記憶》

《家族との関わり》

《自分から「多重人格だ」と名乗って来院した人》

自分から「多重人格だ」と名乗って来院する人もいます。

多重人格は、解離性障害の1種です。

これについては「解離に関して・症状・統合失調症との違い」の章にある「解離と解離性障害」で詳しくご紹介しています。

解離性障害の原因となるような外傷性記憶は本来「健忘」されているため、語られにくいです。

また、多重人格の人は気づかれないよう、注意深く振舞っていることが多いです。

自分から「多重人格だ」と名乗って来院した人にも、受容的になって訴えを聞くようにされています。

その場合、薬物やアルコール摂取の影響・意識でも無意識でも、病気になることで他の何かを得ようとしていないかを踏まえて冷静に分析する必要があるのです。

コリン・ロスは多重人格の原因の1つに「虚偽性障害経路」を挙げていました。

なかったにも関わらず「ある」として、多重人格を作ってしまうのです。

訴訟が絡んでいる患者の場合は、とくにこのことに注意されています。

《やり過ぎなくらいの依存と退行の予防》

多重人格の人は余分な治療・身体的接触の要求、治療の時にした約束の違反を行うものもいます。

こうなるのはもともと、人間関係に悩みを抱えていたためです。

治療する人を他のものと比べものにならないような存在とみなし、やり過ぎなくらいに依存・退行したり、治療している人を「虐待している人」と考えたりすることがあります。

充分に治療計画を練って、本人と相談した上で進めたとしても、なり得ます。

何を伝えようとしているか判断し、何回も続く場合は治療全体を見直すこともあるのです。

考えるべきとされているのは「多重人格の人がもっともいい状態になること」であり、治療する人はいつも道徳的な基準に則る必要があると言われています。

《治療する人へのメンタルヘルス(精神衛生)への配慮》

治療の際は多重人格の人のみならず、治療する人の外傷性記憶も思い出されてしまう可能性があります。

このようなこともあるため、秘密を言わないでくれる仲間内で支え合う環境を作り、治療する人の、メンタルヘルスを保つよう配慮されることも必要です。

  • 治療過程

多重人格の治療は、PTSD(外傷後ストレス障害)のものを原型としています。

ジュディス・ハーマンは、この治療を3つに分けました。

これについては、「目標・原則・治療の原型」で詳しくご紹介しています。

多重人格の治療過程は、次から書く通りです。

《第1段階:予備としての介入と安全の確立》

確定診断・告知・診断の共有を行います。

確定診断については、「診断」の章にある「人格交代の徴候・他の診断過程」で詳しくご紹介しています。

治療する人は概要を説明し、同意を得ます。

同意を得てから、治療は始まるのです。

多重人格の人と治療する人の間には、治療契約が結ばれます。

外傷体験は「自我の境界を無理やり破ったもの」とされていることが多いため、治療が同じものでないと理解してもらう必要があります。

「契約」という安全で堅固な枠組みで治療の詳細を決定することにより、本人を守るのです。

契約の内容は場合によってですが、面接に関してリチャード・クラフトとフランク・パットナムは「週2回の90分面接」を推奨しています。

契約書の署名は責任の取れる人格にさせ、それぞれに行動への連帯責任を自覚してもらいます。

お互いに日記や掲示板を利用し、コミュニケーションし合えるようにするのです。

このように、第1段階では早まった外傷想起をせず、安全確保から始められます。

《第2段階:回想と服喪による、心的外傷(トラウマ)の消化》

外傷性記憶を思い出し、消化していきます。

そのため、外傷性記憶によるさまざまな影響の表れる場合があります。

他の交代人格や他人のした体験と思ったり、混乱や激しい感情の表出があったりするのです。

現在の困難が語られる時、同じような外傷性記憶が思い出されることもあります。

治療する人は日常生活で起こるこのような危機的状況への、さまざまな対処法を身につけさせる必要があるのです。

それを踏まえて、本人を尊重した治療は外傷性記憶の意味を理解することへ進みます。

再外傷体験とならないよう、行われるのです。

治療する人たちも、語られる生育暦や外傷性記憶を「非常に辛いもの」と感じています。

その中で、「多くの辛い経験をしてきたのに、ここまで頑張って生きてきた事実」があると気づきます。

人一倍辛さを耐え抜いてきたと、自信を持っていいのです。

心的外傷の消化によって症状が改善され、訴えていた困難が解決するかもしれません。

ただ、2つのことに注意してください。

1. 「非常に辛い心的外傷を処理し、生き延びる手段」とも考えられる解離状態でなくなること

2. 低く自己評価する感覚や、人間関係を上手く築けず適応しにくいと感じる気持ちが残り続けるかもしれないこと

なお、訴えていた困難の解決が何かは、人によってです。

交代人格のいるままでもいいとする人など、人格を融合・統合する以外の状態で「解決」

とする人もいるのです。

《第3段階:社会へ新しい一歩を踏み出させる》

訴えていた困難が解決すれば、次に考えられるのが「本人と世界の新しい関係」です。

どうやって社会への1歩を踏み出していくかが話し合われるのです。

以上です。

治療を終えそうな人が心配することなく新たな1歩を踏み出せるよう、社会の整っている必要があります。

  • 催眠療法

多重人格の治療には、催眠が有効とされてきました。

国際解離研究会(ISSD)は、その効果を次のように挙げています。

1. 突然起こったフラッシュバックを終わらせ、現実に気づかせる(催眠を解く)

2.次にセッションするまでに危機が起こっても、安定していられるよう自我を強化させる

3.激しい感情の表出を安全な表現に変えるトレーニング

4.心的外傷(トラウマ)から来る身体症状を和らげる

5. 人格を融合・統合する時に行う、「儀式」としての催眠

ただ、「悪影響を与える」とする指摘もあります。

実際とは違う記憶に間違ったラベルを貼ること・良くない幻覚や急激な外傷性体験を招くこと・本人が依存しすぎるようになり、回復への意欲を減退させることなどが起こるのです。

これらの出来事は、催眠のやり方が充分でなかったことから起こる場合もあります。

たとえば、最初に挙げた出来事はコリン・ロスが多重人格になる原因の1つとした「医原性経路」に関係しています。

この経路を起こさないよう、催眠下での誘導するような質問は避けられるのです。

充分な催眠をするために、催眠の効果と目的を的確に説明し、本人の同意を得て行います。危険性や限界を知った上で、催眠は慎重に行うべきとされています。

岡﨑順子は自分が使ったことのある催眠を用いた治療法として「自律訓練法」「呼吸法」「イメージ療法」「良性のトランス状態」を挙げています。

イメージ療法の例の1つには「ビデオ画面を操作することのイメージ利用」があり、画面に映る過去を自由に操作できるようにします。

操作できないと感じていた外傷性記憶の入りこみを、操作できるようにするのです。

芸術・薬物・集団心理・入院療法

《芸術療法》

多重人格の人の衝撃的な外傷体験は、脳でうまく処理されずに「映像」として留まっているとする説があります。

それを裏づけるかのように、外傷性記憶は「イメージの侵入」として訴えられることが少なくないです。

心的外傷(トラウマ)の消化を安全で効果的にするため、中井英夫は箱庭療法を薦めています。

岡﨑順子は「――――持ち運びのできる箱庭――――」(『臨床心理学大系 第19巻 人格障害の心理療法』P、271)と言われているコラージュ療法を初め、スクイグル・風景構成法・自由画を用いたことがあると言います。

《薬物療法》

体の病気ではないのに、そのような症状が出る・激しい行動や交代人格の出現の抑制・不安・不眠を抑制するために薬は使われていますが、有効性は確立していません。

治療の中核となる心的外傷や多重人格状態は、薬で解消できないのです。

交代人格によって表に出やすい症状や薬の効果は異なり、薬物依存や自分を傷つける目的で薬を溜めこむ人格も存在します。

自分を傷つける行動に結びつかないよう、さらなる研究の望まれている状態であるのです。

《集団心理療法》

多重人格の治療におけるこの療法は、有効性が疑問視されています。

心を許せず、近づかなかったり近づけなかったりする人もいるのです。

それぞれに潜んでいる場を乱す可能性は、新たな可能性を切り開く力と紙一重になっています。

これは日常で人間関係を築く時、誰にでもあることです。

言い換えれば、新たな可能性を切り開く可能性も「事実」なのです。

本来、簡単に理解されない悩みを抱えている人には、同じ悩みを共有し合えるグループのあった方がいいです。

このため、「多重人格と向き合う」の章にある「多重人格の人同士のグループ」で、設置されたグループ例を2つ詳しくご紹介します。

この内、1つは現在も発行され続けている日本の交流機関誌です。

サイトへのリンクも、ございます。

細心の注意を払いつつ、集団心理療法の可能性は両面から考慮する必要があるのでしょう。

《入院療法》

多重人格の治療は基本的に外来で行われ、必要に応じて入院治療をするようにしています。

交代人格に代わることの影響から他の人とうまくいかない場合もあり、大変なことが多いと言われます。

そのため、きちんとした治療契約が必要とされるのです。

治療する人は改善の意欲を引き出させて自立できるようにさせること、多重人格の人は人格同士でルールを守ることが求められます。

  • 多重人格の臨床像

1920年代以来にあまり見られなくなっていた多重人格の臨床像は、1970年代以降ふたたび多く報告されるようになりました。

ここでは、その像を詳しくご紹介します。

《年代と男女比》

多重人格は30代に多く見られ、男女比は約1:9と女性が圧倒的に多いと言われています。

ただ、本当はこれほどの差がないのではと指摘されているのです。

これについては「多重人格と現代社会」の章にある「多重人格と男女差」で、詳しくご紹介します。

《交代人格に関して》

交代人格のタイプでとくに多く見られるのは「子どもの人格」「さまざまな年齢の人格」「保護してくれる人格」「迫害する人格」です。

「異性の人格」もまた、多く見られます。

交代人格間での健忘は約94.9%で、多くは「健忘障壁」によって隔てられています。

ただ、幻聴などから少しでも、もう一方の存在に気づいていることが多いです。

交代人格は抑うつ状態や薬物依存、強迫性障害のような精神的なものを、それぞれに抱えている場合が多いです。

刺激への反応やアレルギー、薬の効果など生理的・身体的な反応も交代人格によって違います。

このことは薬物療法があまり行われない理由にも、関係しています。

《「問題」とされる行動・反社会的行動》

自殺しようとすること・自分を傷つけること・精神を活性化させる物質の乱用などが当てはまり、しばしば見られます。

とくに最初の行動は約72%見られ、内2.1%は亡くなっています。

他にも反社会的行動として犯罪行為や売春が見られ、刑に服していた場合もあります。

ただ、これらの行動が見られる人の割合は少ないです。

以上です。

多重人格の臨床像は多種多様な症状・「問題」とされる行動を示すことが特徴です。

このことはヒステリー神経症・解離タイプの神経症水準から、境界性人格障害や統合失調症(精神分裂病)に近い水準のものまで、幅広い度合いの多重人格が含まれていることを意味しています。

  • 治療中・治療後の経過

国際解離研究会(ISSD)から1997年にされた報告によると、治療中・治療後の経過は次に引用した通りです。

なお、数字の表記を変更し、一部を省略しています。

1. 一部のDID(多重人格の別名「解離性同一性障害」の略称――こちらで書いた注)患者は、2~3年の集中外来治療後、内部の隔たりの感覚を減じ、比較的安定した状態に達した。

2. 大半の患者は症状の改善・回復まで確定診断後3~5年を要した。

3. 重篤なⅡ軸病理(人格障害や精神的な遅れ――こちらで書いた注)や、他の重要なcomorbid(併存している――こちらで書いた注)精神障害をもつ患者は、緊急時の短期入院措置を含め、6年以上の年月が必要である。

(『臨床心理学大系 第19巻 人格障害の心理療法』P、276~277)

引用した報告からは、治療に長い年月のかかることが分かります。

ただ、このことから治療に対して不安を抱くのは、状態を悪化させるでしょう。

大切なのは「どういう治療かあらかじめ、少しでも知っておくこと」です。

このことは、「注意されること・1」でもご紹介しました。

普段多重人格に関わっていない人も、このことを知っておいた方がいいでしょう。

一般に健忘や遁走などといった解離状態のそれぞれのエピソードについては治療後の経過がよいとされていて、治療が成功した場合はとくにそうなると言われています。

このようになって、初めて訴えていた困難を解決した本人は、自分が自身の人生における主人公になったような体験をするのです。

多重人格と現代社会

  • 多重人格と記録伝達メディア

多重人格は小説・体験談・映画・テレビ・ドラマなどでも知ることができます。

しかし、これらのほとんどは典型的なタイプや間違ったイメージを覚えさせやすく、多重人格の人びとにでさえも「正しいイメージだ」と思いこませてしまうことがあります。

典型的なイメージで病気の特徴を説明すること自体は悪くないですが、誤用や例外を考える意欲の低下を招きがちなのです。

「こういうものだ」と簡単なイメージを持ってしまうと、意外なことにそれに惑わされやすいものです。

典型的なイメージは「実際に見られる平均的な多重人格」とは違い、多重人格の人びとが実際に抱く気持ちを教えてくれる訳ではありません。

例としては、次のことがありました。

1. はっきり症状の現れる多重人格が典型的なタイプとなったことで、実際に見られる平均的なタイプである「それほどはっきりした症状を現さない多重人格」の人が、診断に驚いた

2. おどろおどろしく描かれた多重人格への誤解が大衆のみならず、多重人格の人へも定着したことから、多重人格の診断を信じてもらえなかった

3. 実際は一部にしかない「犯罪者を初めとした残虐で危険な人」が多重人格の人全体にあるイメージとして定着しやすいのが原因で、危険な人と誤解される

4. たいてい「罰や患者の意思に反して行われる」とされたり、苦痛なものとして描かれたりしやすい「ショック療法」を受けたが、前後に手厚いケアを施され残酷なことは何もされなかった。

頭の動きが鈍くなった感じはしない

記録伝達メディアは1つの例を強調し過ぎることとなり、実際の状況に逆効果を及ぼしてしまいやすいのです。

これはいつの時代も避けられないことで、これからも最新の理論を反映し起こってしまうだろうと指摘されています。

「知識を集めることの限界」にも、つながっているでしょう。

このことや例外を意識することについては「多重人格と向き合う」の章にある「知識を集める」、「多重人格の人への接し方」の章にある「言葉に気をつける」「状況は人それぞれ」でもご紹介します。

ただ、記録伝達メディアがより多くの人びとへ多重人格を意識させ、新しい観点を与えてくれているのも「事実」です。

『多重人格者の心の内側の世界――154人の当事者の手記』では、次のような本があればいいとある方が書いています。

1. 優しい言葉を使い、多重人格を説明している

  • 同じく多重人格にかかっている他の人の経験を共有でき、1人でないと感じられる
  • 試しにやってみるものであるとしても、進んでいくだろう治療段階を教えてくれる

4. 交代人格の起こすトラブルへ対処する方法を、簡単に説明している

もしかしたら、出された条件に当てはまる本はこれの書かれていた本自体かもしれません。

この本については、「多重人格と向き合う」の章にある「体験談を読む」で詳しくご紹介します。

  • 多重人格と文化

「多重人格は文化特有の症候群か」の議論がなされています。

リチャード・クラフトはオランダ・ノルウェー・トルコなど複数の国を調べても同じような発症率であり、文化特有の症候群ではないとしています。

一方、「インドの発症率が少ないのは、多重人格と似た憑依状態が文化に強く根づいているため」とする指摘もあり、『DSM-Ⅳ』(『精神障害の診断・統計マニュアル』第4版)には「アメリカでは近年、発症率の高くなっていることから文化特有の症候群では」と書かれています。

日本では、多重人格の報告が少ないほうだろうとされています。

その理由の1つとして挙げられているのが「日本文化との関連」です。

報告は少ない方とされていますが、日本で行われた最初の報告は世界規模で一旦研究の衰退し始める、1920年代頃すでにありました。

1917・1919~1926年、中村古峡の主宰していた雑誌で行われたのです。

日本は「本音と建て前」の文化を持ち、インドのように「憑依状態」へ強い馴染みを示しています。

多重人格に似たことが「文化」として人びとに根づいていることから、発症が抑えられているのではと指摘されているのです。

また、多重人格と憑依状態は「個人の事情からなる状態と文化に依存してなる状態」、「治療の必要な症状に苦しんでいる状態といない状態」に区別できるとされています。

最後に、「儀式的虐待」について詳しくご紹介します。

多重人格であることによって「オカルトの生贄」となり、ふたたび受ける場合や関係者が本人の交代人格や多重人格だと気づいていない他のオカルト参加者から、虐待される可能性もあるといいます。

このことにも、注意するといいでしょう。

ただ、あくまでも「そのような場合もある」であり、「必ずなる」「高い可能性でなる」とは書いていません。

多重人格と男女差

「多重人格になった人の男女比は1:9」という臨床像があります。

しかし、本当は同じ比率だと指摘されています。

この問題はたいへん昔から存在しましたが、必要とされているほど議論は起こっていないといいます。

イアン・ハッキングは『記憶をかきかえる――多重人格と心のメカニズム』で議論から出された説や、18世紀から現在になっても見られる次の特徴を紹介しています。

1. 多重人格と診断を下された人はほとんど女性

  • 交代人格の1つは本人の年齢より若く、普通は子どもの姿をしている
  • 性に関して、対になる気持ちを同時に抱え持っている

議論から出された説やこれらの特徴には、「社会の要求する男女のイメージ」が反映されています。

多重人格状態から新たな生き方を見出し、イメージから解放される女性もいるようです。

ハッキングはこの問題が、フェミニストの立場から議論されるべきだとしています。

『多重人格者の心の内側の世界――154人の当事者の手記』には、ある男性多重人格者の意見があります。

交通違反さえしたことのない、道徳心のある方です。

多重人格や身体的・性的虐待、近親姦が原因で治療を受けている人について描いたものはほとんど、被害者や生存者を「女性」と想定していると言っています。

サポートグループに「女性のための」と貼り紙されていたり、「育てなおし(リペアレンティング)」や退行を促す作業時に暴力や性的な何かが入ってくると考えられたことから、治療する人に男性の多重人格者が引き受けられなかったりすることがあるようです。

このような男女差について書かれた出版物はありますが、それは女性によって書かれ編集され、女性が対象になっていると書いています。

多重人格・虐待・近親姦についての統計やそれらの発表方法、セルフヘルプの本やグループなどの内容は男性多重人格者の典型的なイメージを作り出し、実際の状況に悪影響を与えているとしています。

同時に、社会で言われている「強くあれ」という男性へのイメージが、治療する人へ援助を求めることを抑えてしまうのです。

多重人格は男女同じ比率でなるものと考えられ、社会の要求する男女のイメージによる悪影響を受けています。

男性多重人格者の立場から考えられた何かも、議論ではもっと必要でしょう。

多重人格と向き合う

  • 自分で知識を集める

「あらかじめ、知っておけばよかった」と言う多重人格の人が、何人も見られます。

あらかじめ、誰かが知識を頭に貯めておく必要があるでしょう。

「誰か」には、多重人格の人自身も当てはまります。

多重人格になっていない人が知識を集めることについては「多重人格の人への接し方」の章にある「状況は人それぞれ」でも、詳しくご紹介しています。

多重人格の人自身が知識を集めなければならないことは、たくさんあるでしょう。

もしできるようであれば、集めておいてもいいです。

手段の代表的なものとしては、インターネットや本が挙げられます。

こちらの経験からすると、活用できる知識のタイプは次の4つです。

1. 簡単な言葉で説明されている、基本的な知識

2. 難しい言葉で説明されている、基本的な知識

3. 簡単な言葉で説明されている、専門的な知識

4. 難しい言葉で説明されている、専門的な知識

この内、活用しやすいのは1・4ですが、2や3の中にも役に立つ情報があるため、注意してください。

他にも、インターネットや本を含めた記録媒体メディアが1つのタイプを強調し過ぎてしまうこと、集めたり貯めたりできるのに限界があることに気を付けてください。

これらについては「多重人格と現代社会」の章にある「多重人格と記録媒体メディア」、「多重人格の人への接し方」の章にある「状況は人それぞれ」で、詳しくご紹介しています。

「多重人格の図書館本」の章にある「おすすめ本・参考文献」を、参考にするのもいいでしょう。

  • 体験談を読む

知識を集めたい時、学術書を初めとした「勉強するように集める方法」のみならず、「体験談を読んで集める方法」もあります。

最初の方法で集めた知識は感じ方の個人差によるズレを少なくした「客観的な知識」、後の方法は客観的な知識から得にくい「実際の状況に関する知識」が多く得られます。

この内、より集めにくいのは「実際の状況に関する知識」の方です。

客観的な知識は感じ方の個人差が少ない分、多くの場所で共通した知識を得られますが、実際の状況に関する知識は個人差が大きいため、さまざまな場所を見なければいけません。

ある特定の知識を集めるためにかかる時間が、違うのです。

客観的な知識は、体験談からも集められます。

そのため、本当は体験談を読んで知識を集めた方がいいのかもしれません。

しかし、インターネットや本も含めた記録媒体メディアは、1つのタイプを強調し過ぎてしまう危険性をつねにはらんでいます。

このことは、体験談の持つ「感じ方の個人差が大きい」という短所をより悪いものにしてしまうのです。

以上の経緯から、体験談を読む方法より勉強するように集める方法がいいとされているのです。

それでも、実際の状況に関する知識が忘れられてしまうことは避けられません。

できる限り多くの人が書いている体験談を、1つにまとめた何かが必要でしょう。

当てはまりそうな例を、ご紹介します。

バリー・M・コーエンほか・編著/安克昌・訳者代表/中井久夫・序文『多重人格者の心の内側の世界――154人の当事者の手記』(2003年2月 作品社)です。

原典はアメリカの多重人格者や関係者の声を集めた本で、書かれたものをジャンル分けした構成になっています。

日本語訳版では、最後に日本の多重人格者たちの声を加えています。

多重人格自体やそれに関する用語解説、歴史を初めとした関連事項の説明もあります。

さらに、本作りに携わったスタッフについての説明や、体験談を出した人の索引もあります。

他にも、「多重人格の図書館本」の章にある「おすすめ本・参考文献」で、何冊かの本を詳しくご紹介しています。

  • 多重人格の人同士のグループ

「治療」の章にある「芸術・薬物・集団心理・入院療法」では、集団心理療法が多重人格の治療には合わないことを詳しくご紹介しました。

ただ、グループを作る大切さを主張している人びともいます。

その人びとの言う通り、本来簡単に理解されない悩みを抱えている人には、同じ悩みを共有し合えるグループのあった方がいいです。

このため、グループ例を2つご紹介しておきます。

《多重人格組合》

1993年、アメリカのある病院にあった集まりから組織された団体です。

イアン・ハッキング・著/北沢 格・訳『記憶を書き換える――多重人格と心のメカニズム』(1998年4月 早川書房 ※原典は1995年の発行)に書かれた時点では、非営利団体として法人化されていました。

当時の活動例は「社会へ戻るために準備する、一時的な住居の設置」「旅行の企画」「子どもの交代人格の現れる機会を与える「懇親会」」が行われていました。

《FLOCK通信》

1998年、兵庫県でB4サイズ1枚の紙から始められた交流機関誌です。

多重人格の研究や治療、関連活動に大きく貢献した安克昌の協力も得ました。

直接会うことから起こるトラブルに配慮し、「顔が見えない通信」を作ることにしたようです。

2011年1月現在も発行されていて、サイトも存在します。

サイトはこちらから。

役立つ関連サイトへのリンクもございます。

バリー・M・コーエンほか・編著/安克昌・訳者代表/中井久夫・序文『多重人格者の心の内側の世界――154人の当事者の手記』(2003年2月 作品社)には、作り始めた細かい経緯や掲載された内容などが載せられています。

多重人格の人への接し方

  • 言葉に気をつける

多重人格に対して悪いイメージを持っている場合は、まずそれをなくしていく必要があります。

境界性人格障害 分裂性人格障害 統合失調症(精神分裂病)

これらには「境界」「分裂」と、多重人格に対して持たれやすいイメージが含まれています。

どう区別すればいいかは、詳しい情報がなければ分かりません。

何の情報も知らず、名称のみから中身を推測することは難しいのです。

多重人格の人も他の精神的なものを抱えている人と同じく、間違ったイメージによって苦しむことが多いです。

正しい診断を受けるのさえ数年かかるかもしれず、訴えている困難を解決できない間不安でたまらないでしょう。

誰しも、人生で1度や2度は、どうしようもないくらい辛いことに遭うものです。

その時、これまで信頼していた人に「面倒臭いから」と離れられたら、どう感じますか?

多重人格の人はもともと、人間関係をうまく築けていない場合が結構あります。

名称など、少ない情報や昔からある間違ったイメージにとらわれて離れていくのは止めるべきです。

同じく、接する時のささいな言葉にも気を遣うといいでしょう。

たとえば、励ましの言葉としてよく使われる「頑張れ」は、人や時によって逆にプレッシャーを与える場合があります。

「今でも充分頑張っているのに、それ以上何を頑張れというの!?」のように。

「たまには休んでいいよ」と言った方が、この場合は良かったでしょう。

もちろん「障害」「精神病」など、他の人へ悪いイメージを与えるような言葉は使わないようにしましょう。

  • 病院には行けない本人へ

臨床側によると、多重人格は30代の人に多く見られると言われています。

あくまでも「多く」であり、実際は違う年代にも見られるでしょう。

他の章で、多重人格の診断や治療にについて詳しくご紹介してきました。

もし多重人格になっている人の経済的状況が安定していない場合、病院に行くことさえ大変なのです。

多重人格の場合は正しい診断を受けるだけで数年かかるかもしれないので、その分必要となるものが増えます。

こうなる原因には心的外傷(トラウマ)、中でも児童虐待が関係していることが多いです。

自分ではなく、他の人が原因で余計な負担をしなければならないのです。

ここに、普段は多重人格に関係していない人からの間違ったイメージを負わされると、相当な負担を感じます。

他の人から与えられる負担を除いても苦しみは大きいのに、これでは自殺したいと思ったり、自分を傷つけたりしたくなります。

このような行動は多重人格の症状に挙げられていますが、もともと出ていなかった場合は普段関係していない人が、症状を作ってしまうことにもなりかねないのです。

多重人格の人、とくに病院に行くことさえできない人にはこのようなことを考慮して接するといいでしょう。

できない人たちも、生き続けていく力を得られる環境作りが大切です。

  • 状況は人それぞれ

多重人格を正しく理解するためには、本人もそれ以外の人も関連知識を集めるといいでしょう。

ただ、それには限界があることをあらかじめ知っておくべきです。

実際になっていなければ分からないものや予想外の事態は、いくら勉強していても「できる限り予想する」ことしかできないのではないでしょうか。

起こった時、どう対応するかを前もって考えておきましょう。

それでも、実際に遭遇して混乱した場合は考えておいた対応が、うまくできない場合もたくさんあります。

混乱した時、早めに落ち着ける方法を見つけると、日常の多くの場面でもきっと役に立つでしょう。

同じ「多重人格」でも、状況は人それぞれです。

さらに言うと、同じ人でも状況はその場所その時によってまったく違ってきます。

普段から多重人格に関わっている人同士でも、関連する言葉の扱いはお互いに違っているでしょう。

自分がいいと思って言ったことが相手を傷つけてしまったり、自分が伝えたかった度合いを相手がそれほど理解してくれなかったりするのです。

どう受け止めたか度合いも分かるよう話し合えたら、非常にいいのですが。

日常でも、なかなかできません。

相手が多重人格の人で自分がそうでない場合は、自分から感じていることを積極的に、たくさん話せるといいでしょう。

多重人格の図書館本

  • 図書館本の探し方

情報を集めるには、インターネットや本が効果的でしょう。

ただ、インターネットの利用できない人は現在でもたくさんいますし、本を買うのは時間とお金がかかります。

このような時、もっともいい方法が「図書館の本を読むこと」でしょう。図書館の本を探すには、機械でのキーワード検索が1番です。

インターネットの利用できる人は、図書館へ行きたい場合前もって検索しておくのもいいでしょう。

キーワード検索する際、何をキーワードに使うかはたいへん重要です。

たとえば、こちらが選んだ参考文献の1つ『臨床心理学大系 第19巻 人格障害の心理療法』は「多重人格」でキーワード検索しても出てこないでしょう。

しかし、「人格」で検索したり多重人格が「心理学」に関係したものと知っていたりすれば、この本に出会える可能性はあります。

ただ、この本には次から書くような、別の方法で出会ったのです。

1. 共通していそうなテーマ番号を見つける

最初に、図書館の機械で「多重人格」とキーワード検索しました。

その時、キーワードに使えそうな言葉を探したり、参考になりそうな本のデータを印刷したりもしておきます。

ただ、この時は多重人格の別名「解離性同一性障害」をキーワードに使っても、本は1冊も見つかりませんでした。

1番注目したのは「請求記号のもっとも上にある番号」です。

多くあり共通していそうな番号を見つけ、その番号の本が並べられているところへ行きました。

2. 目をつけた番号の本を見る

目をつけた番号の本を、片っ端から探しました。

次の段階でもそうですが、必要かを見極める時は目次を見るといいです。

本に出てくる言葉の索引がついているのは、便利です。

できれば、目をつけた番号の本は全部見た方がいいでしょう。

本に出てくる言葉の索引がついているのは、便利です。

この方法によって、参考になりそうな本を2冊選び出しました。

ただ、借りて家に帰った後で実際に読んだところ、1冊は必要でなかったと分かりました。

このようなこともありますので、要注意です。

3. 目をつけた番号の周辺を見る

これは、非常に大事です。

実際、参考文献11冊の内7冊はこの方法から見つけ出しました。

多重人格に関連していそうな言葉や、関連分野の辞典・事典がないかに注意して探したのです。

辞典・事典は短い説明で載せられている場合が結構あり、専門用語を突然調べなければいけなくなった時にも便利です。

「参考図書」のコーナーにも辞典・事典があるため、時間に余裕のある場合はここを見るのも1つの手でしょう。

シリーズ本も同じ理由で、便利なものです。

このようにして、わたしは参考文献を選び出しました。

参考文献の詳しいデータは「おすすめ本・参考文献」でご紹介しています。

また、別の方法として他に「図書館員に聞く方法」があります。

専用コーナーが設置されている場合もあるため、気軽に聞いてみるといいでしょう。

  • 多重人格の図書館本は?

請求記号のもっとも上にある番号は、本のメインテーマを表しています。

必要な図書館本を探す時は、ここを参考にすると便利です。

では、多重人格の図書館本はどうなのでしょうか?

多重人格に関連する言葉は検索時役立ってくるかもしれないため、調べる過程で出た言葉も詳しくご紹介します。

こちらが実際に図書館の機械で調べた時は「145.8」が多く見られました。

そのため、『基本件名標目表(BSH)第4版』でメインテーマ「多重人格」を表す番号かどうか、調べてみたのです。

これは図書館関係の勉強をする時、必要になってくる本です。

請求記号の表す、本のメインテーマを調べたい時はこの本を使うといいでしょう。

ただ、「本のメインテーマ」として独立した項目の設置されていない場合も結構あるため、要注意です。

多重人格は独立した項目があり、「141.93」と「145.8」が当てられていました。

「141」はメインテーマ「普通心理学・心理各論」、「145」は「異常心理学」を表す番号でした。

多重人格に関連する言葉はないか、先ほどの本とセットになっている『基本件名標目表(BSH)第4版 分類体系順標目表・階層構造標目表』と合わせて調べてみました。

すると、「心理学」「倫理学」「人格」の言葉が関連していそうだと分かりました。

系統立てて考えると、「心理学」「倫理学」から細かく分かれている項目の中に「人格」があり、さらに分かれている中に「多重人格」があるのです。

こちらが実際に調べた経験も合わせると、結果は次のようになります。

《多重人格を表す請求記号中の番号》

141.93と145.8

《関連していそうなメインテーマ・言葉》

心理学(請求記号中の番号(以下同じ)、133)・普通心理学(141)・心理各論(141)・異常心理学(145)・倫理学(240)・臨床心理学・人格

※ただ、こちらが実際に調べた時は「倫理学」のところへ行きませんでした。

この結果と合わせて「おすすめ本・参考文献」で詳しくご紹介している本から、使えそうな、多重人格に関する言葉を見つけてもいいでしょう。

  • それでも……

「図書館本の探し方」ではキーワード検索や請求記号のもっとも上にある番号を元にした検索、「多重人格の図書館本は?」ではメインテーマ「多重人格」につけられた番号や多重人格に関連しそうなメインテーマ・言葉を詳しくご紹介しました。

しかし、それでも必要な図書館本はまったく別のところにある可能性もあるのです。

あり得そうな例を、1つご紹介しましょう。

請求記号のもっとも上にある番号は、本のメインテーマを表しています。

図書館関係の勉強をする時必要になる『日本十進分類法新訂8版・9版本表対照表』によると、次のような番号があります。

934 メインテーマ「評論・エッセイ・随筆」

935 メインテーマ「日記・書簡・紀行」

936 メインテーマ「記録・手記・ルポタージュ」

「多重人格と向き合う」の章にある「体験談を読む」で詳しくご紹介した『多重人格者の心の内側の世界――154人の当事者の手記』は「手記」と書いてありますが、こちらの行った図書館ではメインテーマ「多重人格」につけられる番号の1つ「145.8」が当てられていました。

ただ、請求記号は定められた方法・実例を元に「それぞれの図書館が決める」ため、ばらつきの出てしまう場合があるのです。

エッセイや日記、手記は探したいメインテーマにつけられた番号の本が並べられている場所から、見えない範囲にあるかもしれません。

共通していそうなテーマ番号を見つけたからと検索結果の閲覧を途中で止めず、最後まで見るようにするといいでしょう。

  • おすすめ本・参考文献

《おすすめ本・参考文献の詳しいデータ》

フランク・パットナム・著/安克昌・中井久夫・訳/金田弘幸・小林俊三・共訳

『多重人格障害――その診断と治療』

2000年11月 岩崎学術出版社

……参考文献のあちこちで紹介されていた本です。

原典が役に立ったと、アメリカのある多重人格者が書いています。

河合隼雄ほか・編

『臨床心理学体系 第17巻 心的外傷の臨床』

2000年8月 金子書房

……参考文献①。一丸藤太郎「多重人格(解離性同一性障害)と幼児虐待」の章を参考にしました。

多重人格を巡る状況は、第19巻よりこちらの方が幅広く紹介されているでしょう。

「多重人格って何?」の章にある「古典的・現代的多重人格」でご紹介したこれらの多重人格タイプについて詳しく知りたい場合は、この本です。

馬場禮子・福島 章・水島恵一・編

『臨床心理学体系 第19巻 人格障害の心理療法』

2000年11月 金子書房

……参考文献②。

岡﨑順子「解離性同一性障害の心理療法」を参考にしました。

診断と治療について、多めに書かれています。

とくに、治療方法については具体例もあり、参考になるでしょう。

安香宏ほか・編

『臨床心理学体系 第20巻 子どもの心理臨床』

2000年6月 金子書房

……参考文献③。

平田美音「子どもの精神病」を参考にしました。

PTSD(心的外傷後ストレス障害)について、書かれています。

中島義明ほか・編

『新・心理学の基礎知識』

2005年1月 有斐閣

……参考文献④。

和田秀樹の書いた項目「多重人格について児童虐待との関連から説明せよ」を参考にしました。

項目執筆者の氏名は、他の参考文献でも挙げられていました。

イアン・ハッキング・著/北沢 格・訳

『記憶を書き換える――多重人格と心のメカニズム』

1998年4月 早川書房 ※原典は1995年の発行

……参考文献⑤。

多重人格を取り巻く問題を1つ1つ深く追究していて、新たな観点を与えてくれます。

バリー・M・コーエンほか・編著/安克昌・訳者代表/中井久夫・序文

『多重人格者の心の内側の世界――154人の当事者の手記』

2003年2月 作品社

……参考文献⑥。

「多重人格と向き合う」の章にある「体験談を読む」で、詳しくご紹介しています。

また、同章にある「多重人格の人同士のグループ」では、この本に載せられていた現在もある日本の交流機関誌を詳しくご紹介しています。

サイトのリンクもございます。

坂野雄二・編

『臨床心理学キーワード[補訂版]』

2005年10月 有斐閣

……参考文献⑦。

おそらく、「辞典」(言葉の意味を解説した「じ」典)ではなく「事典」の類です。

各項目が、短めの説明でまとめられています。

携帯しやすい小ささが、たいへん便利です。

山下恒男

『日本人の「心」と心理学の問題』

2004年10月 現代書館

……参考文献⑧。本の題名になっている問題を、多角的に分析しています。

「多重人格と現代社会」の章にある「多重人格と文化と儀式的虐待」で少々触れた、日本で最初に行われた多重人格の報告について詳しくご紹介されています。

他にも、日本で行われた多重人格裁判の例が、書かれています。

他の参考文献にはないような、独特の観点を与えてくれる本です。

日本図書館協会件名標目委員会・編

『基本件名標目表(BSH)第4版』

『基本件名標目表(BSH)第4版 分類体系順標目表・階層構造標目表』

両方、1999年7月 日本図書館協会

……上が参考文献⑨、下が参考文献⑩。

  セットになっている、大きめの参考図書です。

  「多重人格の図書館本」の章にある「多重人格の図書館本は?」で詳しくご紹介しています。

巌 礼吉・編著『日本十進分類法新訂8版・9版本表対照表』

1998年4月 日本図書館協会

……参考文献⑪。

  大きめの参考図書です。

  上の参考文献と同じ場所で、詳しくご紹介しています。

こちらで紹介した知識や実際の状況、本はあくまで「ほんの一部」です。

「膨大に」例外があることを、忘れないようにしましょう。

参考文献使用先

※番号は、「おすすめ本・参考文献」で参考文献に割り振った番号です

「多重人格って何?」

・病名の変化 ①④⑤

・古典的・現代的多重人格 ①⑥ ※⑥は「交代人格」に関する用語解説した箇所にのみ

「解離に関して・症状・統合失調症との違い」

・解離と解離性障害 ②③④⑥

・症状 ①②

・多重人格と統合失調症の違い ①②⑤

・多重人格・統合失調症の幻聴 ②

「原因」

・クラフトとロスの説 ①②

・虐待とPTSD ①③④⑥⑦

・説の不確定性1 ⑤

・説の不確定性2 ②③⑤

・心的現実と心的外傷 ①⑤

「診断」

・『DSM-Ⅳ』の診断基準 ①② ※②は診断基準の引用のみ

・発病率と特有のアプローチ ①②

・アンケートによる診断 ②⑤

・人格障害の徴候・他の診断過程 ②⑦

・誤診に注意! ①⑥

「治療」

・目標・原則・治療の原型 ②

・注意されること1 ②

・注意されること2 ②

・治療過程 ②

・催眠療法 ②

・芸術・薬物・集団心理・入院療法 ②

・多重人格の臨床像 ①

・治療中・治療後の経過②

「多重人格と現代社会」

・多重人格と記録媒体メディア ⑤⑥⑧

・多重人格と文化と儀式的虐待 ①⑤⑥⑧

・多重人格と男女差 ①⑤⑥

「多重人格と向き合う」

・自分で知識を集める ⑤⑥

・体験談を読む ⑤⑥

・多重人格の人同士のグループ ⑤⑥

「多重人格の人との接し方」

・言葉に気をつける ①②

・病院には行けない本人へ ①②

・状況は人それぞれ なし

「多重人格の図書館本」

・図書館本の探し方 なし

・多重人格の図書館本は? ⑨⑩

・それでも…… ⑨⑪

に投稿

統合失調症とは?

統合失調症とは?

統合失調症という病気をご存知でしょうか。聞いたことはあっても、難しい病名なので、あまり詳しくは知らないという人もいるかもしれません。

統合失調症とは、妄想や幻覚など、いろいろな症状が現れる、精神疾患の一つになります。この病名は、新しくできたもので、2002年までは精神分裂病と呼ばれていました。精神分裂病という病名は、いかにも精神が分裂し崩壊する病気という先入観や間違った見識をもたれることが多いために、統合失調症に変更されました。

統合失調症は、自閉症状と認知障害が基礎疾患になっている病気ですが、医学的に解明されていない部分や、学者によって学説が違う部分などもあります。ある学説によると、統合失調症は、単純型痴呆、破瓜病、緊張病、妄想性痴呆などが含まれるとされています。

症状としては、精神機能の分裂症状が現れ、患者本人が、困難や苦痛を感じることもあれば、感じないこともあります。

発症率は1%弱で、日本全国では約60万人が統合失調症であると予測されています。原因についても、はっきりとは解明されておらず、もし原因が解明したときには、その治療や病気の回復にも大きく貢献することになるでしょう

統合失調症の陽性症状

統合失調症になると、さまざまな精神機能の障害が現れます。思考、知覚、自我意識、意思、欲望、感情などに異常が現れ、それらの症状は、大き2種類に分けることができます。1つが陽性症状で、もう1つが陰性症状です。

統合失調症の陽性症状は、さらに2種類の障害に分けることができます。思考過程の障害と、思考内容の障害です。

思考過程の障害というのは、例えば、誰かと話をしていても、自分の思考に割り込まれるとうつ状態になり、考えが押しつぶされて、話がまとまらず、話せない状況が起こります。

そして、思考内容の障害というのは、他人にとってはあり得ないことを事実だと信じ込んでしまうことです。要するに、妄想のことですが、妄想には様々な種類があります。

よく聞くのは、「被害妄想」や「誇大妄想」です。その他にも、周囲の出来事をすべて自分に関係づけて考える「関係妄想」、いつも誰かに見張られていると感じる「注察妄想」、重い体の病気になっていると思いこむ「心気妄想」、また、自分を神だと思い込む「宗教妄想」などもあります。

これらの障害の他、統合失調症の陽性症状には、自己と他者を区別することができなくなる、自我意識の障害も含まれます。

統合失調症の陰性症状

統合失調症には、大きく分けて2種類の症状があります。その1つが、陰性症状です。

陰性症状には、いくつもの種類の障害が含まれています。

まず、1つは、感情の障害です。

感情の障害とは、感情が平板化して外部に現れなくなり鈍麻してしまう障害や、他人との心の通じ合いがない疎通性の障害などになります。

その他、抽象的な思考が困難になったりする思考の障害や、自発性や意欲が低下し無関心になってしまう意思・欲望の障害なども、陰性症状に含まれます。

また、認知機能障害も陰性症状の一つです。認知機能障害とは、記憶力や注意・集中力などの基本的な知的能力や、計画・思考・判断・実行・問題解決などの複雑な知的能力に障害をきたして、社会活動ができなくなるというものです。

また、幻聴や妄想の世界での会話である「独言」も陰性症状に含まれます。「独言」では、ただむやみに言葉を羅列することもあり、その状態を「言葉のサラダ」と呼んでいます。「独言」の原因として、長年の投薬治療で認知機能が低下したことをあげる学説もあります。

その他、統合失調症の陰性症状としては、抑うつや不安を伴う「感情の障害」、連想が弱くなり、話の内容が度々変化してしまう「連合弛緩」などがあります。

統合失調症の幻覚や妄想について

統合失調症になると、幻覚や幻聴の症状が出てきます。

幻覚とは、実際には存在しないものを知覚し、幻が見える症状です。幻聴とは、実際にはない声が聞こえてくる症状です。統合失調症になると、幻覚や幻聴のほかに、実際にはないにおいを感じる幻匂という症状もあります。

統合失調症の患者さんは、幻覚や幻聴を、幻とは認識できません。あたかも、誰かが実際に話をしているように聞こえます。そして、彼らを脅迫したり、責めたり、悪口をいったりする声が聞こえています。何かをしようとすると、「するな」ととがめたりもします。また、複数の人が会話を交わしているのが聞こえることもあります。自分の考えていることが、声になって聞こえることもあります。

統合失調症の患者さんは、耳元で、悪口や命令やいろいろなことを言われたり、時には、「死ね」と言われることもあり、この幻覚や幻聴が非常に怖いのです。そして、世の中は恐ろしいものだと感じます。

そのために、統合失調症の患者さんの10~15%は、自殺をしてしまうという統計もあります。自殺の確立が、他の精神疾患よりも高いのが、特徴でもあります。

これらの症状には、薬物治療が行われますが、現在でも、幻聴や幻覚のよりよい治療法が研究されているところです。

統合失調症の原因

統合失調症の原因は、実は、現在でも明らかになっていません。様々な原因があげられていますが、あくまでも、仮説の域にとどまっています。

一卵性双生児の研究では、統合失調症の確率が比較的高く、遺伝的要因と環境要因の両方が、発症に関係しているとも考えられていますが、この学説も仮説の1つになります。

統合失調症の原因として挙げられている仮説には、神経伝達物質のひとつであるドーパミンの過剰という説があります。これを、「ドーパミン仮説」といい、中脳辺縁系におけるドーパミンの過剰が、幻覚や幻聴などに関与していると考えられています。

その他にも、様々な仮説があり、例えば、「アドレノクロム仮説」、「グルタミン酸仮説」、「カルシニューリン系遺伝子の異常」、「遺伝的な欠陥」、「発達障害仮説」などがあります。

その他、「two-hit theory(トゥー・ヒット・セオリー)」といい、胎生期と思春期に2回にわたって脳へのダメージを受けたという仮説もあります。

以前は、患者さんが家族関係で苦しんだことが統合失調症の原因だという「心因説」がありましたが、その後の研究の結果、この学説は否定され、症状悪化の原因にはなるものの、発病の原因ではないとされています。

統合失調症のさまざまなタイプ

統合失調症には、実に様々なタイプがあります。ここで、いくつかのタイプをご紹介しましょう。

まずは、「妄想型」です。「妄想型」は、妄想や幻覚が主な症状で、言動が乏しいことが特徴です。統合失調症の中では、もっとも多い症例のタイプで、特に30歳以降に発症することが多いとされています。

「破爪型」とは、思春期前半に発症することが多いタイプです。まとまりのない思考や行動が多く、場合によっては、激しい症状がないこともあります。治療をせずにそのまま放置すると、周囲に関心を持たなくなり、外部との接触をしなくなります。

「緊張型」では、興奮や昏迷の症状が現れます。また、同じ動作を何度も繰り返すことが特徴になっています。このタイプは、「妄想型」や「破瓜型」に比べて発症は稀です。

「識別不能型」は、一般的な統合失調症の基準は満たしているものの、「妄想型」、「破爪型」、「緊張型」のいずれにも当てはまらないか、あるいは、2つ以上のタイプの特徴を示すものです。

また、その他には、急性期の後に現れる「統合失調症後仰うつ」、急性期症状が消失した後の安定した状態の「残骸型」、陰性症状が強く自我意識のない「単純型」、そして、特定不能の統合失調症などがあります。

統合失調症と診断されたら

統合失調症の患者さんは、自分の異常を認めることができないはずです。もし、幻覚や幻聴などの症状が認められる人が、家族や周囲にいるという場合、まずは、病院に連れていくようにしましょう。

そして、統合失調症と診断されたら、なによりも、まずは医師の指示に従って、治療に専念しましょう。

統合失調症の治療は、外来治療と、入院治療の2種類があります。いずれも、薬物治療をメインに、そのほかの治療を組み合わせるなどして進めていきます。診察をしてもらう精神科医や看護師だけではなく、場合によっては、精神保健福祉士や作業療法士、臨床心理士、音楽療法士などと一緒に、治療を進めます。

統合失調症などの精神障害の治療、保護、入院、社会復帰などは、精神保健福祉法に沿って行うことになっています。また、精神障害の度合いによっては、患者さんに精神障害者保険福祉手帳が交付されます。

治療法としては、代表的な「薬物療法」の他、「電気けいれん療法」、「心理教育」、「ソーシャル・スキル・トレーニング」、「作業療法」、「心理療法」、「社会援助」、などが取り入れられます。

かつては、精神外科による外科手術や、インシュリン・ショック療法などが行われていましたが、現在では行われていません。

統合失調症の薬

統合失調症の治療のメインは、「薬物療法」になります。

「薬物療法」では、おもに、ドーパミンD2受容体拮抗作用を持つ向精神薬が、陽性症状などの軽減に有効です。

ただし、近年では、これまでの抗精神薬よりも副作用が少なくて、陰性症状にも有効な「非定型抗精神薬」という、新しいタイプの薬が開発されました。リスぺドリン、ぺロスピロン、オランザピン、クエチアピンなどです。これらの薬が、近年では主流になっています。

また、最近では、アリビプラゾール、ブロナンセリンの2種類が加わり、日本では6種類の非定型抗精神薬が使用可能になっています。

これらの、非定型抗精神薬は、統合失調症などの精神病の治療を向上させましたが、副作用もあります。

オランクエンやクエチアピンは、稀に糖尿病や高血糖を誘発します。

その他の問題点としては、オランザピン、クエチアピン、アンピプラゾールなどは、薬の価格が非常に高いということです。

また、抗精神薬の一般的な副作用として、パーキンソン症候群、錐体外路症状、アカシジア、便秘、口渇、目のかすみ、眠気、体重増加などを生じる事があります。

統合失調症に、仰うつ症状などが伴う場合は抗うつ剤を、不安症状が強い場合には抗不安剤を、不眠症状がある場合は睡眠薬を併用することもあります。

統合失調症の心理教育

統合失調症の治療には、「心理教育」が取り入れられることがあります。

統合失調症の患者さんは、薬物療法で幻聴や幻覚が軽くなっても、自分が精神疾患にかかっているという自覚を持つことができない場合が多いです。

自分が統合失調症だと自覚していない場合は、薬物治療を自己判断で途中でやめてしまい、再発率が高くなります。そのため、自分が病気であることを認識するよう援助し、病気との折り合いの付け方を学び、治療意欲を上げるために、心理教育を行います。

この心理教育は、精神保健福祉士が担当し、患者本人だけでなく、患者の家族に対して家族教育を行うこともあります。

心理教育によって、患者さん自身が、統合失調症についての知識を持ち、なおかつ、視聴の仕方だけでなく、生き方や日常生活のセルフ・コントロールなどを試みます。回復に向かい始めると、患者さんが自分の病気について関心を持ち続けることは難しく、多くの場合、人生を生きることに関心が向かってしまいます。そして、患者さんも家族も、病気のことを忘れて、生活や仕事で無理をしてしまうと、再発の可能性が高くなります。

家族教育では、統合失調症や精神病のことを十分に知ること、家族が心身ともに健康であり続けること、家族が自分自身の生き方をし、人生を楽しむことなどがテーマになります。

統合失調症の作業療法

統合失調症の治療では、薬物療法や心理教育の他に、作業療法を行う場合があります。

作業療法とは、絵画、折り紙、手芸、園芸、スポーツなどの、作業活動を行いながらの治療です。これらの作業療法は、言葉を主体にしない交流によってストレス解消や自分の価値観を高めるなどの効果が期待できます。入院患者さんの病棟活動の一つとして取り入れられたり、また、デイケアプログラムの1つとして行われる治療法になります。

作業療法は、作業療法士が担当します。作業療法士は、精神科の医師の指示のもと、作業療法を行うだけでなく、患者さんが集中できるような作業活動を見つけて、それぞれの患者さんに合ったものを取り入れてくれます。

統合失調症の急性期の場合、作業療法によって幻覚や妄想を抑えたり、現実の世界で過ごす時間を増やしたり、生活のリズムを整えるなどの目的で行われます。

慢性期の場合は、退院を目的にして、作業療法を行います。ですから、患者さんのペースで行える作業活動を、少しづつ増やしていきます。退院を目的とする場合は、薬の管理や生活のリズムの管理、自分のことを自分で行う自己管理、そして、作業能力や体力が向上することが必要になります。

統合失調症と芸術

統合失調症という病名を聞くと、ちょっと怖いような印象を持つ人もいるかもしれません。しかし、統合失調症の患者さんの中には、芸術や文化の分野で、非常に活躍し大きな功績を残している人もいます。

例えば、映画「ビューティフル・マインド」の主人公である、数学者のジョン・ナッシュは、統合失調症になり、人生の半ばで研究生活を中断しましたが、その後克服し、ノーベル経済学賞を受賞しました。映画の中では、統合失調症の幻聴や幻覚、妄想などの症状が、分かりやすく表現されています。ノーベル経済学賞を受賞した論文は、統合失調症になる以前に発表されたものですが、病気を克服した後は、大学で教鞭をとるまでに回復していました。

また、日本人の画家、草間彌生は、少女のころから統合失調症でした。繰り返しの幻覚や幻聴から逃れるために、自分に襲ってきた幻覚や幻聴を絵に描いたという画家です。紺綬法章や、フランス芸術文化勲章オフィシエ、旭日小綬章などを受けている、現代アートの分野でとても高い評価を受けている画家です。

その他、「智恵子抄」で有名な彫刻家である高村光太郎の妻、高村智恵子は、晩年に統合失調症になりました。画家でイラストレーターのルイス・ウェイン、詩人で思想家のフリードリッヒ・ヘルダーリン、コルネット奏者でジャスのルーツを作ったといわれているバディ・ボールディンなども統合失調症でした。

に投稿

パニック障害とは?

パニック障害とは?

パニック障害という病名は、最近では、非常によく聞くようになりました。身近にパニック障害の患者さんがいるという方も、いらっしゃるでしょう。

パニック障害は、強い不安感が主な症状の精神疾患です。英語では、Panic disorder(パニック・ディソーダー)といわれるため、PDと略して呼ばれることもあります。

もともとは、不安神経症と呼ばれていたものの一部です。1980年に米国精神医学会によって、診断分類のひとつに加えられ、1992年に世界保健機構(WHO)の国際疾病分類によって、独立した病名として登録されました。

パニック障害という病名からは、つい、心の病と思いがちかもしれませんが、最近では、脳機能障害として扱われています。

パニック障害の症状は、突然のパニック発作から始まります。そして、その発作が再び現れるのではないかと恐れる「予期不安」と、それに伴う症状の慢性化が、典型的な症状になります。

症状が長期化すると、発作が起きた時に逃げられない場面を回避したいがために、生活範囲を限定してしまう、「広場恐怖症」が現れます。

有名人や芸能人などで、パニック障害を患っているとか、パニック障害を克服したという方もいるため、比較的新しい病名ではあるものの、広く認知されています。

パニック障害の症状

パニック障害の症状は、突然のパニック発作から始まります。このパニック発作は、日常的にストレスをため込みやすい環境で暮らしている人に起こることが多いです。

例えば、満員電車の中など人が混雑している閉鎖的な狭い空間や、車道や広場などで歩いているときに、突然強いストレスを感じ、動悸、息切れ、めまいなどの症状が現れます。そして、強烈な不安感に襲われます。

パニック発作の症状や度合いは、患者さんによって様々ですが、発作が現れるときに感じる心理的な印象は、漠然とした不安と空間の圧迫感で、「倒れて死ぬのではないか」という異常な恐怖感を感じる人も少なくありません。

そして、パニック発作に強烈な恐怖を感じるため、発作が起こった場面を恐れ、また発作が起こることに、不安になります。これを、予期不安といいます。

また、パニック発作が繰り返されると、発作が起きた場所から逃れられないという妄想するようになり、1人で外出できなくなるなど、広場恐怖の症状も現れます。

予期不安によって、社会的に隔絶された状態になると、ストレスによってうつ状態にもなります。特に、繰り返しのパニック発作は、うつ状態を併発することが多く、実際に、うつ病と診断されるケースも多くあります。このようなケースを、二次的うつと呼んでいます。

パニック障害の原因

パニック障害の原因は、脳内不安神経機構の異常だと考えられていますが、いまだ、完全には解明されていません。

人の脳には、無数の神経細胞があり、その間を情報が伝わって、運動・知覚・感情・自律神経などが働きます。パニック発作や予期不安なども、脳の神経細胞の間を情報が伝わって起こるものですが、何らかの誤作動が生じていると考えられています。情報を伝える神経伝達物質や、情報を受け止める受容体(レセプター)の機能に異常が起こっているのではないかと考えている研究者もいます。

パニック障害の原因は、完全には解明されていませんが、いくつかの仮説があります。「ノルアドレナリン仮説」、「セロトニン仮説」、「ギャバ・ベンゾジアゼピン仮説」の3種類です。

ノルアドレナリンという神経伝達物質が脳で分泌されると、危険が迫った時に警告を発する神経が作動するようになっていますが、「ノルアドレナリン仮説」は、ノルアドレナリンが過剰分泌しているか、あるいは、受容体(レセプター)の過敏反応が起きていると仮説が立てられています。

セロトニンというのは、不安感が行きすぎないように抑える働きがある神経伝達物質ですが、このセロトニンが不足したり、あるいは受容体(レセプター)が鈍くなっているというのが、「セロトニン仮説」です。

「ギャバ・ベンゾジアゼピン仮説」とは、不安を抑える働きがある神経伝達物質ギャバの受容体(レセプター)や、連結しているベンゾジアゼピンの受容体(レセプター)の感受性に問題があるとしています。

パニック障害の診断

予期しないパニック発作が繰り返し起こり、発作に対する予期不安が1カ月以上続く場合は、パニック障害になる可能性が高くなります。臨床診断では、突然のパニック発作が起こり、予期不安を感じ、症状が繰り返され、後に広場恐怖の症状が現れるという過程も、重要になってきます。診断基準は、アメリカ精神医学会による基準が用いられることが多いです。

パニック障害には、大きく2種類に分けることができます。1つは広場恐怖の症状を伴う慢性化したパニック障害で、もう1つが、広場恐怖を伴わ症のパニック障害です。

PTSD、うつ病、強迫性障害なども、パニック発作を起こすことがありますが、この場合は、パニック障害とは診断されません。あくまでも、これらの病気の症状の一つと診断されます。

パニック障害は、概念の歴史が浅く、精神科や心療内科以外の診療科目では診断が困難なこともあります。また、中高年の医師は、学生時代にはパニック障害を学んでいないために、適切な診断がされずに、長期間誤った治療を受けてしまうことも考えられます。

もし、自分で、パニック発作が繰り返されたり、予期不安を長期に感じるような症状に気がついたら、精神科や神経科、あるいは心療内科を受診しましょう。

パニック障害を薬で治す

パニック障害は、薬物療法と精神療法の2つの方法があります。

薬物療法では、パニック発作を抑制するために、SSRIや三環系抗うつ薬、スルピリドなどの抗うつ薬が使われます。また、不安感を軽減するためには、ベンゾジアゼピン系抗不安薬が使われます。

これらの薬は、有効性が明確になっており、とりわけ、適切な患者教育と指導を行いながらこれらの薬を服用すると、その有効性は非常に高くなります。

最近では、新型抗うつ薬のSSRIの有効性もよく言われています。しかし、SSRIの代表的な薬であるパロキセチンは、飲み忘れるなどで服用を中止すると、数日後に、激しいめまいや頭痛などの離脱症状が現れることが問題となっています。そのため、パニック障害で服用する際の、安全性や有用性に疑問を持っている人もいます。

アメリカでは、バンゾジアゼピン系の抗不安薬の依存性が取りざたされていますが、日本では、成人の定期的パニック障害では問題とならないという見解が多くあります。

いずれにしても、パニック障害の治療をする場合は、この病気にくわしい精神科や心療内科などの医師に診察してもらうことが、まずは大切になります。そして、医師の診断や処方箋に沿って、治療を進めていくようにしましょう。

パニック障害を精神療法で治す

パニック障害の治療には、薬物療法の他に精神療法があります。

パニック発作は、不可解な突然の発作と、発作に対する不安によって悪化する病気です。

医師が、これらの症状について明確に説明し、心理教育を行うことが、すべての治療の基礎となり、また、重要になります。

精神療法では、認知行動療法が最も良く研究されています。

認知行動療法では、「恐れている状況への暴露」、「身体感覚についての解釈の再構築」、「呼吸法」などの訓練や練習が行われます。そして、不安に振り回されずに、そして、不安から逃れずに、不安に立ち向かう練習を行います。

日本では、認知行動療法を行う施設は多くはありませんが、認知行動療法的な患者指導を行っている臨床医は多く存在します。

また、認知行動療法の他に、EMDRや森田療法、内観療法などを取り入れることも有効とされています。

EMDRとは、日本語では、眼球運動による脱感作および再処理法といわれるものです。比較的新しい治療技術で、特にPTSDに対する治療として有効だと知られています。

内観療法は、家族や身近な人との関わりを、「してもらったこと」「して返したこと」「迷惑をかけたこと」の3テーマにそって繰り返し思い出すという心理療法です。

パニック障害のセルフケア

パニック障害と診断されたら、まずは、医師の言うとおりに治療を進めることが、大切になります。

また、パニック障害の患者さんが行うセルフケアもありますので、いくつかご紹介します。

まずは、症状が改善するまで無理な運動はしないようにしましょう。特に、首の運動は、頭への血液循環の障害になることもありますので、例えば首を振るような運動は、控えるようにしましょう。

体を温めるというのも、セルフケアにつながります。体が冷えると、血液循環が悪くなり、頭への血液循環も悪くなります。そのために、症状が悪化することがありますので、体や首を温めるようにしましょう。

また、セルフケアのひとつにマッサージがあります。首の筋肉をマッサージして、頭への血流をよくすることが、有効に働きます。ただし、あまり強いマッサージや肩をたたくような方法は避けたほうがよいでしょう。

リラックスできる音楽を聞くというのも、よい方法です。好きな音楽には、精神的に落ち着きを与える効果があります。ですから、ストレスがたまった時や、パニック発作が起こりそうなときには、予防作用があります。

また、適切な栄養摂取も大切になります。心の病気であっても、基本的に人間の体は食べたもので作られますので、食事はとても重要な要素です。バランス良く適切な栄養分を摂取するように気遣いましょう。

パニック障害の人と接する時は?

もし、家族や身近な人に、パニック障害の患者さんがいる場合は、どのように接したらいいのか、困ってしまうことがあるかもしれません。パニック障害は、多くの人に認知されている病気ではありますが、まだまだ、どのように看護をするのか、あるいは、どのように接するのかなどは、知られていません。ここでは、パニック障害の患者さんと接するときのポイントを、いくつかご紹介します。パニック発作が起こってしまった場合は、その発作を緩和する手続きをしましょう。そして、発作が起きた原因をきちんと確認することが大切になります。原因となるものが分かったら、しばらくは、その原因となるものを利用しないようにしましょう。例えば、人ごみでパニック発作が起こるなら、しばらくは人ごみを避けるようにしたらよいでしょう。

そして、患者さんには、「病気なんだから、治療をすればきちんと治ります。安心しましょう」ということを理解してもらう必要があります。そして、周囲と助け合って、支えてあげるようにしましょう。

もちろん、医師の診察を受けて診察を続けることも大切ですので、もし、本人が、「なぜこのような症状が起こるのか分からない」という場合には、さりげなく、診察を進めてあげるといいでしょう。そして、病気をしっかりと治したいという気持ちを、患者さんに持ち続けてもらうことが治療につながります。

パニック障害と似た病気について

パニック障害の特徴は、突然パニック発作が起こることですが、実は、パニック障害と似た病気というものがあります。

それは、「バセドウ病」、「狭心症」、「褐色細胞腫」、「側頭葉てんかん」の4種類になります。

「バセドウ病」とは、甲状腺肥大や眼球突出、頻脈、手の震え、甲状腺機能亢進症などの症状を示す病気です。バセドウ病では、周期性四肢麻痺と呼ばれる、てんかん発作と同じような発作を起こすことがあります。車の運転中に発作が起こると事故につながりかねないため懸念されていますが、バセドウ病の発作は、パニック障害ではありません。

「狭心症」は、心臓の筋肉に酸素を送っている冠動脈の異常によって、一過性の胸痛や胸部圧迫感を感じる病気です。締め付けられるような痛みや、圧迫感が主な症状で、その他に、動悸、不整脈、呼吸困難、頭痛なども起こります。パニック発作ととても似た症状ですが、心臓の血管の異常が原因の病気です。

「褐色細胞腫」は、高血圧、代謝亢進、高血糖、頭痛、発汗過多などが主な症状の病気で、副腎皮質などから発生するカテコールアミン産生腫瘍になります。頭痛や発汗過多などは、パニック障害の症状と似ていますが、褐色細胞腫の場合は、外科手術で治療をします。

「てんかん」は、脳細胞のネットワークに起こる異常によって、てんかん発作を起こす病気です。パニック発作と非常に似ていますが、あくまでも脳疾患であり、精神疾患ではありません。

パニック障害になったら

もし、自分がパニック障害になったら、あるいは、パニック発作が起こったら、どのように対処したらいいのでしょうか。パニック発作は、全く予想できないような状況の中、突然起こるものです。もし、何度も発作が起こるという場合は、早めに、精神科や心療内科を受診するようにしましょう。そして、まずは、パニック発作が起こらないようにする治療をします。

パニック障害になると、「何が原因なんだろうか?」とか、「性格や人間関係の問題なんだろうか?」などと、いろいろ考え悩んでしまうこともあるかもしれません。しかし、いくら悩んでも、解決方法は見つかりません。そして、思い悩むあまり、症状が悪化してしまうこともあります。

パニック障害は、非常につらい症状が続きますが、命に関わるような重大な結果をもたらす病気ではありません。1つの病気であると認めて、医師と相談しながら、前向きに治療に取り組むことが大切になります。

パニック障害になった患者さんは、治療を始めた初期段階では、早く回復することを望むために、医師の指示どおりに薬物治療や精神治療を行います。しかし、発作が落ち着いてくると、薬に頼りたくないとか、副作用が心配だなどと考え、薬物治療を途中でやめてしまうケースが少なくありません。

しかし、急に薬物治療を中断すると、症状が再燃することがあります。また、症状が、慢性化してしまうことも考えられます。

に投稿

アルコール依存症とは

アルコール依存症とは?

アルコール依存症とは、多くの方がご存じのように、自分の意志では飲酒をコントロールできなくなり、飲酒を繰り返してしまうという症状をいいます。お酒などのアルコールの摂取によって感じる精神的、肉体的な薬理作用にとらわれてしまうのです。アルコール依存症は精神疾患ですが、アルコールによって体を壊してしまったり、さまざまな事件や事故を起こしてしまったりもします。また、アルコール依存症は、社会的な信頼や人間的な信頼を失ってしまうこともあります。

以前は、慢性アルコール中毒、略してアル中と呼ばれていました。飲酒を自分でコントロールできないのは、本人の意志が弱く、道徳概念や人間性が欠けているなどとも言われていましたが、現在では医学でカバーする範囲が拡大されて、精神疾患の1つとして治療を行っています。

日本では、アルコール依存症の患者さんは230万人程度というデータがあります。お酒を飲む人の26人に1人がアルコール依存症で、精神疾患の中でも罹患率が高くなっています。また、この数字からは、誰でもがアルコール依存症になる可能性があるということがわかります。なお、平成15年の「アルコール使用による精神及び行動の障害」による精神科病院の入院患者数は2751人となっています。

また、アルコール依存症の患者さんを男女別にみると、体格や女性ホルモンなどの要因から、男性よりも女性の方が、少しのアルコールの量で依存症になってしまう危険が高くなっています。

アルコール依存症のさまざまな症状

アルコール依存症と一口にいっても、様々な症状があります。

まず、代表的な症状は、自分の意思で飲酒のコントロールができなくなるという症状です。アルコール依存症になると、一度お酒を飲み始めると、少しでやめておこうと思っても、適量でやめるということが不可能です。お酒を飲みすぎることの有害性を理解していても、自分の意志ではどうにもならずに、飲み続けてしまいます。

また、目が覚めている間に、常にアルコールに対する強い渇望感があるというのも、症状の1つになります。常に酔っぱらった状態で、体内にアルコールがある状態でないと気が済まなくなってしまい、お酒を飲んではいけない場面でもお酒を飲み続けてしまいます。

その他、飲酒で様々なトラブルを起こしで深く後悔し、それを忘れようとまた飲酒を続けるというのも、アルコール依存症の症状です。飲酒量が増えると、やがて内臓疾患などを併発して体を壊してしまったり、社会的、あるいは経済的な問題を引き起こしたり、または家族とのトラブルを起こすようになります。それらがストレスになり、自分の飲酒を後悔するものの、その精神的な苦痛を忘れようと、さらに飲酒を続けてしまいます。

アルコール摂取を中断した際に、頭痛、不眠、イライラ感、発汗、手指や全身の震え、吐き気など、様々な症状を生じますが、これらは離脱症状と呼ばれるものです。禁断症状とも言われ、重症になると妄想やせん妄、けいれん発作、幻覚などの症状も現れます。

飲酒の量を自分でコントロール

徐々に飲酒の量が増えて、いつの間にかアルコール依存症になっていたという人も、患者さんの中にはいます。アルコール依存症になると、自分で飲酒の量をコントロールできなくなってしまします。そして、量だけではなくて、飲酒の時間やタイミングなどもコントロールできなくなってしまいます。

また、アルコール依存症になると、本人がアルコールに依存していることを認めないケースが多くあります。アルコール依存症は「否認の病」と呼ばれていて、家族や知人から飲酒について指摘されると、不機嫌になったり、あるいは、自分はそれほど飲んでいないと開き直ったりします。しかし、実際には、飲酒の量を自分でコントロールできない依存症、あるいは、依存症の予備軍になっているのです。

アルコール依存症になると、その治療には、非常に時間がかかり、また、症状が重くなれば、本人だけでなく家族も様々な問題を抱えることになります。また、周りからの信頼も失うことになりかねません。

ですから、最近飲酒の量が増えてきたなと感じたら、あるいは、最近は毎日のように飲酒しているなと思ったら、ぜひ、自分自身を見つめる心の余裕がある段階で、飲酒の量をコントロールするように心がけましょう。

お酒を飲んでトラブル?

お酒は、たとえアルコール依存症でなくても、飲みすぎるとトラブルを起こしてしまう原因になることが多くあります。お酒は、少量であれば、心身の健康を保つ効果もありますが、やはり、飲み過ぎはよくありません。アルコール依存症になると、困るのは自分だけではなく、周りの人を巻き込んでトラブルに発展してしまうことも多々あります。

まず、アルコール依存になったことを、周りの人のせいにして、攻撃的になったり、自己中心的になり、周りの人と接してしまします。また、アルコールの入っていない状態でも、酔っている時と同じような言動をすることもしばしばあり、それらがトラブルのもとになります。

また、アルコール依存症の患者さんは、精神的なストレスなどによって自殺をしてしまったり、あるいは、事故死をしてしまうなど、何らかの形で死に至るケースが比較的多い精神疾患です。

飲酒による様々なトラブルは、患者さんの家族にとっても、常にストレスを感じる原因になります。そして、家族との信頼関係が壊れてしまい、別居や離婚に発展することもあります。

取り返しのつかないトラブルに発展することもあるということを忘れずに、アルコールの量は自分でコントロールするようにしましょう。

アルコール依存症の離脱症状

アルコール依存症の患者さんは、体の中のアルコールが少なくなってくると、離脱症状が出てきます。離脱症状が出ても、断酒を続ければ、大抵の場合、数日で症状は消えます。しかし、体の中のアルコールの量を上げることでも、離脱症状はなくなるのです。

離脱症状には、その現れ方によって大きく2種類に分けられます。1つが「早期離脱症状」で、もう1つが「後期離脱症状」です。

「早期離脱症状」とは、飲酒をやめて数時間すると現れる症状です。具体的には、手や全身の震え、発汗、不眠、吐き気、嘔吐、血圧上昇、不整脈、焦燥感、集中力の低下、幻聴、てんかんの様なけいれん発作などになります。もし、この離脱症状が現れている期間に飲酒をすると、症状は軽快しますが、飲んだアルコールが新たな離脱症状の原因になるという、悪循環を招きます。

「後期離脱症状」とは、飲酒をやめて2~3日目に現れる症状で、大抵は3日くらいでよくなりますが、人によっては、3か月ほど続く場合もあります。主な症状は、幻視、見当識障害、興奮などになります。見当識障害とは、時間や場所、人物の見当がつかなくなることです。このような症状に不安や恐怖を感じ、興奮することがあるのです。

また、この他にも、発汗、発熱などの、自律神経症状を伴うことが多くあります。

アルコール依存症になるまで

アルコールをたくさん飲んでも、アルコール依存症にならない人もいます。アルコール依存症で苦しい経験をしたという人にとっては、たくさん飲んでも依存症にならないという人が、羨ましくも感じるかもしれません。

実は、アルコール依存症になる危険因子というものがあります。その危険因子とは、「女性の方が男性より短い期間で依存症になる」、「未成年から飲酒を始めるとより依存症になりやすい」、「遺伝や家族環境が危険性を高める」、「家族や友人のお酒に対する態度や地域の環境も影響する」、「うつ病や不安障害などの精神疾患も危険性を高める」などです。こういった危険因子があると、アルコール依存症になりやすくなります。ですから、ただ単に、お酒をたくさん飲むのが好きだというだけでは、依存症にはならないのです。

アルコール依存症になるまでには、お酒に関するその人の経歴が関係しているということです。また、悩みや不安などのストレスも関係してきます。そして、意外かもしれませんが、遺伝も関係しているので、もし、アルコール依存症を心配している場合は、自分とお酒と家族について、いろいろと調べてみるといいでしょう。そうすることで、アルコール依存症を防ぐこともできるかもしれません。

アルコール依存症の治療法

アルコール依存症の治療で大切なことは、「自分はアルコール依存症である」と本人が認識することです。まずは、本人の認識がなければ、治療は進みません。

多くの患者さんは、自分がアルコール依存症であるということを認めたくはないものです。なぜなら、認めてしまうと、お酒が飲めなくなってしまうからです。ですから、本人に自覚を持ってもらい、治療の意思を持たせることが第一歩となります。

アルコール依存症は、かつては、本人の意思が弱いことが原因だとか、不幸な心理的・社会的問題が原因だと考えられていましたが、現在では、アルコールによって体や精神に変化が現れ病気になり、その結果、過剰な飲酒になると考えられています。そういった、アルコール依存症に対する理解も、患者さんやその家族には必要なことになります。

現状では、一度アルコール依存症になってしまうと、治療が難しいというのが現実です。根本的な治療というと、断酒以外にありません。また、この治療は、本人だけでは難しいために、家族の協力が必要になります。

重度のアルコール依存症の場合は、入院治療が必要なこともあります。

また、断酒をして何年も経ってから、たった一口お酒を飲んだだけで、またアルコール依存症の症状が出てくるというケースもあります。

現在では、精神科での断酒会や自助グループへの参加などを通して治療を続け、抗酒剤などの薬を併用することもあります。

女性に多い? アルコール依存症

アルコール依存症は、男性でも女性でもなる病気です。また、アルコール依存症になる年齢も様々です。

以前は、アルコール依存症というと、中年の男性に多い症状と思われがちでしたし、実際に、中年男性の患者さんが多くいました。現在でも、男性の患者さんが多いことは、変わりがないのですが、最近では、若い女性のアルコール依存症患者さんも増えてきています。

アルコール依存症を発症する年齢は、男性も女性もそれほど変わりがありません。しかし、習慣的にお酒を飲み始めてから、アルコール依存症になるまでの期間は、女性の方が短いのです。要するに、女性の方が男女性の方が性よりも早く依存症になるということです。

なぜかというと、女性は、同じ飲酒量でも血中濃度が高くなりやすく、また、飲酒による肝障害やうつなどの合併症を起こしやすいのです。そのために、飲酒問題が発見されやすいということが上げられます。

また、女性ホルモンは、アルコールの代謝を阻害する要因になります。そのために、同じ飲酒量でも男性の2倍の悪影響が出ると言われています。

お酒を飲む習慣からアルコール依存症になる進行の時間は、男性が10年なのに対して、女性は6年というデータがあります。

アルコール依存症と妊娠

最近では、アルコール依存症の女性が増えていますが、女性の場合は飲酒と妊娠や出産が関係してくるため、悪影響が拡大しやすいと言えるでしょう。

妊娠中の女性は、一般的には、お酒を飲んではいけないと言われていますが、これは、妊娠中の母体とお腹の胎児は、胎盤とへその緒を通じて直接つながっており、アルコールが胎盤を通じて胎児にまで到達することが分かっているからです。

妊娠中の女性がお酒を飲むと、お腹の胎児も否応なしにアルコールを摂取することになります。特に、妊娠初期の場合は、胎児へのアルコールは非常に悪影響となります。

母親がアルコール依存症で、妊娠中もお酒を飲み続けた場合、胎児は、先天異常を持つ胎児性アルコール症候群として生まれてくる可能性が高まります。その可能性は40%とも言われています。

出産後も、授乳期に母親がお酒を飲んだ場合、そのアルコールが母乳を通じて乳児に影響を与えます。そのため、妊娠期間中だけではなく、授乳期間中も飲酒は避けるべきなのです。

ただし、母親がアルコール依存症でも、妊娠・授乳期中にお酒を飲まなければ、生まれる子供に悪影響が出ることはありません。ですから、かつてアルコール依存症だったという女性は安心して大丈夫です。

アルコール依存症の合併症

アルコール依存症になると、様々な合併症を発症することが多くあります。もともと、アルコール依存症の患者さんは、心身に多くの疾患を抱えていて、危険性が高かったこともあります。また、他の精神疾患が、アルコール依存症を引き起こすこともあります。

アルコール依存症の合併症には、大きく分けると2種類があります。1つは「精神疾患」で、もう1つは、「身体的疾患」です。

「精神疾患」には、「うつ病」、「不安障害」、「統合失調症」、「ウェルニッケ・コルサコフ症候群」、「アルコール幻覚症」、「アルコール性妄想状態」、「ニコチン酸欠乏脳症(ペラグラ)」、「小脳変性症」、「アルコール性痴呆」、「アルコール性多発神経炎(末梢神経炎)」などが上げられます。

なお、「アルコール幻覚症」では殺人に至るケースもあり、「小脳変性症」では、歩行障害などの下肢の異変が起こり、「アルコール性多発神経炎(末梢神経炎)」では四肢の異常感覚や手足の筋肉の脱力などの症状が現れます。

合併症の「身体的疾患」とは、おもに内臓疾患になります。「アルコール性脂肪肝」、「アルコール性肝炎」、「アルコール性肝硬変」、「アルコール性胃炎」、「アルコール性膵炎」、「食道静脈瘤」、「アルコール性心筋症」、「マロリー・ワイス症候群」などを併発することがあります。

アルコール依存症のための断酒会

断酒会とは、アルコール依存症の患者さんと、患者さんの家族によって作られている自助グループになります。断酒を続けることをお互いに励ましながら、サポートし合って、アルコール依存症についての正しい理解や知識学び、アルコール依存症を治していくために作られたものです。

断酒会は、多くの場合会費制で、オープンな姿勢を取っているグループです。また、全日本断酒連盟など、組織化されています。

AA(アルコホーリクス・アノニマス)は、日本の断酒会の原型と言われている組織です。

アメリカで始まり、現在では、世界180カ国以上に広まっていて、使われている基本テキストは、「ビッグブック」と呼ばれ、70カ国以上で翻訳されています。AA(アルコホーリック・アノニマス)では、アルコール依存症からの回復のために、ミーティングと呼ばれるグループワークや、「12ステップ」という回復プログラムを行います。

また、プライバシー保護の観点から、個人よりも原理を優先させ、フルネームは名乗らないルールとなっています。

AA(アルコホーリック・アノニマス)は、日本の断酒会の原点になっていますが、名簿や会費はなく組織化された団体という点では、断酒会と異なっています。

に投稿

強迫性障害とは?

強迫性障害とは?

強迫性障害とは、かつて強迫神経症と呼ばれていた病気です。脅迫症状が特徴の不安障害です。

脅迫症状とは、強迫観念と脅迫行為の2種類があります。この両方が存在しない場合は、強迫性障害とは診断されません。

強迫観念とは、本人の意思と無関係に頭に浮かぶ不快感や不安感を生じさせる観念のことをいいます。強迫観念の多くは、普通の人にもみられるものですが、普通の人の場合は、強迫観念をそれほど気にすることがありません。しかし、強迫性障害の患者さんの場合は、強迫観念が強く感じられたり長く続くために強い苦痛を感じることになります。

脅迫行為とは、不快な存在である強迫観念をうち消したり、振り払うための行為で、強迫観念と同じように不合理なものですが、脅迫行為をやめると、不安や不快感が伴うので、なかなかやめることができません。また、周りの人から見ると全く理解できない行動ですが、患者さん本人にとっては、何らかの意味付けが生じているものなのです。

大半の患者さんは、自らの強迫症状が奇異であったり、不条理であるという自覚があるため、思い悩んだり、恥ずかしいと思ったりします。また、強迫観念の内容によっては、罪の意識を感じていることもあります。

強迫性障害のさまざまな症状

強迫障害には、様々な症状があります。また、強迫症状の内容は、人によって様々で、人間の持つ様々な心配事が要因となります。様々ある症状の中でも、いくつかの特徴的な症状をご紹介します。

「不潔強迫」、「確認強迫」、「加害恐怖」、「被害恐怖」、「自殺恐怖」、「疾病恐怖」、「縁起恐怖」、「不完全恐怖」、「保存強迫」、「数唱強迫」などがあります。

代表的なものを詳しくご説明すると、「不潔強迫」というのは、俗に潔癖症とも呼ばれているものです。「確認行為」とは、外出や就寝のときに、ドアや窓の鍵を閉めたかどうか気になり、何度も戻って執拗に確認してしまうという症状です。

「加害恐怖」とは、自分の不注意によって、他人に危害を加える事態を異常に恐れることです。「被害恐怖」とは、自分が自分自身に危害を加えることや、自分以外のものによって自分に危害が及ぶことを異常に恐れる症状です。また、「自殺恐怖」とは、自分が自殺してしまうのではないかと異常に恐れることで、「疾病恐怖」とは、自分が重大な病や、不治の病などにかかってしまうのではないか、あるいは、かかってしまったのではないかと恐れる症状です。HIVウイルスへの感染を心配して、血液などを異常に恐れたりする場合もあります。

これらの症状は、患者さんによって対処の仕方が異なります。

よくある強迫性障害

強迫性障害には、様々な症状がありますが、中でももっとも知られているのが、「不潔強迫」になります。

「不潔強迫」は、潔癖症と言われるものです。

潔癖症という言葉なら知っているという方が多いと思いますが、ただ単に汚れを嫌うという程度では、潔癖症とは言いません。汚れを過剰に気にしたり、病気になることを過度に恐れ、最近や病原菌など何らかの汚染を受けるのではないかと、毎日恐れを抱き続けることをいいます。不安で、外出することができなくなってしまう場合もあります。

日常生活の中で、汚れが過剰に気になって、何度も手や体を洗わないと、気が済まなくなってしまいます。そして、外出先のトイレの便座に座ることができなかったり、ドアノブに触ることができなかったりという症状が出る人もいます。

また、逆に、汚れがつくことを極度に恐れるために、部屋を掃除できなかったり、お風呂の汚れを気にしてお風呂に入らなくなったりするため、返って不衛生になる場合もあります。

そして、「不潔強迫」の患者さんは、配偶者や自身の子供に、清潔でいることを強制する場合が多くあります。

また、「不潔障害」の患者さんは、自分が異常な行動を取っているという感覚はなく、菌や汚れに過剰反応しない他人が異常だと感じることが多いです。

強迫性障害になったら

強迫性障害は、人種や国籍、性別に関係なく発症する傾向があります。調査によると、全人口の2%前後が強迫性障害だと推測されています。この数字ですと、強迫性障害の方は、意外と多いということになります。

傾向としては、20歳前後の青年期に発症する場合が多いと言われていますが、中には、幼少期や壮年期に発症する場合もあり、青年期特有の疾病とは言い切れません。

また、強迫性障害は、人間だけではなく、猫などの動物も発症します。強迫性障害の猫は、毛づくろいを頻繁に繰り返すような行動をします。

また、強迫性障害の患者さんの中には、脳疾患や、解離性障害などの、別の病気が原因となって発症する場合があります。この場合は、一般的には、強迫性障害とは認められません。そして、強迫性障害は、外部からは顕著な影響が見えない場合もあります。

ですから、もし、強迫性障害ではないかと思ったら、まずは、精神科などの専門医に早めに診察をして頂きましょう。自分で勝手に、強迫性障害だと思い込んでしまっては、返って、重い身体の病気を見逃してしまうことなども考えられます。また、強迫性障害によく似た、別の病気もありますので、安易に、自己判断をしない方がいいでしょう。

強迫性障害は誰でもなる

強迫性障害は、誰でもなる精神疾患です。しかし、患者さんのデータを見てみると、強迫性障害になりやすい人の傾向が見えてきます。

まず、強迫性障害の発症年齢は、比較的早く、平均して19~20歳ごろに発症しているというデータがあります。また、多くの研究によると、成人患者の30~50%は小児期から青年期に症状が始まっていることが分かっています。

また、強迫性障害は、日本だけではなく、様々な国でも患者さんがいます。1994年に行われた、大規模な国際疫学研究の結果では、アメリカ、ヨーロッパ、アジア、オセアニアの4大陸のいずれもで、患者さんがいることが分かっています。

また、強迫性障害は、人種や社会経済状態、教育レベルなどにあまり関係なく、普遍的に発症する精神疾患だということが分かります。

アメリカで行われた調査では、強迫性障害は、精神疾患の中で一番多いうつ病の次に多い病気であるという結果が出ています。統合失調症よりも患者さんの数が多く、ありふれた精神疾患であることが分かります。

また、強迫性障害の診断基準には達していないけれども、強迫性障害の症状を持つ人たちも、かなりの数でいるということも分かっています。

強迫性障害の薬物治療

強迫性障害の治療には、行動療法、認知行動療法、そして薬物療法があります。

薬物療法では、強迫観念を抑える作用があるセロトニン系に作用する抗うつ薬が使用されます。現在の日本では、選択的セロトニン再取り込み阻害薬である、塩酸パロキセチン、マレイン酸フルボキサミン、もしくは三環系抗うつ薬の塩酸クロミプラミンなどが使われます。

日本国外では、それぞれの抗うつ薬を最高容量で単剤投与することが望ましいとされていますが、この方法は、日本人の体格や体質には合わないこともあり、処方される薬の種類や用量には個人差があります。

ただし、最高容量での単剤投与は、日本でも、主治医の処方箋があれば保険適応となります。

いずれにしても、薬物療法は、強迫性障害にとても効果的な治療法の一つになります。ですから、精神科の医師に診察してもらうときには、これまでの経緯や症状などを詳しくはなし、医師とよく相談して、自分に合った処方をしてもらうようにしましょう。そして、薬を処方してもらったら、医師の処方通りにきちんと服用することも非常に大切になります。回復途中で服用をやめてしまったり、服用の量を自分で勝手に変えてしまうようなことのないように服用しましょう。

強迫性障害の行動療法

強迫性障害では、行動療法や認知行動療法が非常に効果的になります。行動療法では、エクスポージャーと儀式妨害を組み合わせた、Exposure and Ritual Prevention(ERP)が用いられます。

エクスポージャーとは、恐れている不安や不快感が発生する状況に、自分を意識的にさらすようにします。そして、儀式妨害とは、不安や不快感が発生しても、それを低減するための強迫行為をとらせないという手法になります。この、エクスポージャーと儀式妨害を、患者さんの不安や不快の段階に応じて実施します。

行動療法は、単独で行うこともありますが、強迫観念が強い場合は、薬物療法を行った後に行動療法を行う方が、より効果的といわれています。

ただし、厭な単語が繰り返されるタイプの強迫観念のみの症状の場合は、行動療法が行いにくく、強迫行為よりも治療が難しくなります。その場合は、強迫観念の内容を現実的に解釈しなおしたり、強迫観念を回避したりせずにそのままにするという治療方法が、有効であると、最近知られてきました。

いずれにしても、行動療法は、自分1人でできるものではありませんので、強迫性障害の治療をしたいという場合は、精神科の医師にきちんと相談して、治療方法をアドバイスしてもらいましょう。

強迫性障害と似た病気

強迫性障害は、強迫症状が現れる精神疾患ですが、他の精神疾患に非常に似ているものがあります。例えば、「パニック障害」、「恐怖症」、「強迫性人格障害」は、強迫性障害と似た病気になります。

パニック障害は、体は病気ではないのに、突然心臓がどきどきしたり、呼吸困難になるなどのパニック発作に襲われる病気です。またパニック発作が起こるのではないかという恐れから、外出ができなくなります。強迫性疾患の患者さんの1~2割には、パニック障害の合併症があると報告されています。

恐怖症も、強迫障害ととても似た精神疾患です。強迫障害の患者さんの中には、実際に、恐怖症と誤診されることもあります。恐怖症の患者さんは、高い所や犬や、狭い空間など、特定の場所やものを恐れます。強迫性障害の患者さんには、社会恐怖の症状がある方もいますが、基本的には、強迫性障害は、汚れや他人を傷つけるかもしれないという衝動など、抽象的で避けることができないことを恐れます。

強迫性人格障害は、完璧主義で、極端に秩序正しさや厳密さを好み、そのために本人や周囲が悩まされる人格障害です。強迫性障害と違うところは、強迫性人格障害の場合は、完璧主義や厳密さを患者さんが望ましいことと考えている点です。

強迫性障害のセルフチェック

もしかすると、自分は強迫性障害かもしれないと思ったら、それほど思い悩まずに、早めに精神科や心療内科の医師に診察してもらうようにしましょう。

もし、精神科や心療内科には、なかなか行きにくいという場合は、セルフチェックをしてみてはどうでしょうか。ただし、セルフチェックは、強迫性障害を診断するものではなく、あくまでも、目安を確認するためのものです。もしセルフチェックで強迫性障害ではないという結果がでても、症状によっては、やはり医師の診察が必要になりますし、もしセルフチェックで強迫性障害だという結果が出ても、医師に診断してもらうと、強迫性障害の診断基準を達していないということもあるでしょう。

ですから、あくまでも目安として、セルフチェックを利用してみてください。

セルフチェックでは、「何度も手洗いや掃除をしますか?」、「何度も確認をしますか?」、「追い払いたいのに追い払えなくて悩み続けている考えがありますか?」、「毎日の活動をやり終えるのに長い時間がかかりますか?」、「順序正しいことや左右対称で物事をとらえていますか?」の5項目をチェックしてみます。

いずれの質問も、強迫性障害で現れる症状ですが、もちろん、すべてがイエスであっても、その頻度や悩みの深さによって、結果は様々となっています。

強迫性障害に対応してくれる病院

強迫性障害ではないかと疑わしい場合は、できるだけ早期のうちに、症状や悩みを、専門の医師に相談するようにしましょう。ここでは、強迫性障害の相談ができる医療機関をご紹介します。

例えば、東京都の場合は、渋谷区内がもっとも、強迫性障害の視察が可能な医療機関が多く、渋谷区内で20件あります。多くは診療所やクリニックなどで、精神科、心療内科、神経科、あるいは、メンタルヘルス科などの診療科目を掲げています。中には、JR東京総合病院のように、大規模な総合病院の精神神経科でも、強迫性障害は診察可能となっています。

東京都内の場合は、千代田区や新宿区、世田谷区などで、強迫性障害の診察が可能な医療機関が、それぞれ20件づつあります。

ただし、強迫性障害の診察が可能な医療機関は、地方都市などでは、比較的少なくなります。例えば、大阪府でも全体で116件で、大阪市北区に7件がもっとも多い地域になります。

関東でも、埼玉県では、県内に82件あり、各市に1~4件程度となっており、けして件数は多くはありません。

受診をされる場合は、前もって医療機関に電話をするなどして確認をした後に、受診されることをお勧めいたします。ただし、電話では、症状や治療に関するできませんので、注意しましょう。

に投稿

適応障害とは?

適応障害とは?

適応障害とは、ストレス障害に分類される精神疾患の一つです。

ストレス因子により、日常生活や社会生活、職業、学業的機能に著しい障害が起きて、一般的な社会生活ができなくなるストレス障害になります。

急性ストレス障害や、PTSDなどと同じように、外的なストレスが原因となって起こるストレス障害ですが、急性ストレス障害やPTSDに見られるような、生死に関わる強大なストレスに限らず、家族関係や仕事のトラブルなどもストレス因子となりえます。ストレスの量が本人の処理能力を圧倒したことによる心理的な機能不全なので、治療では、原因となる状況の改善が必要になります。

症状は、実に様々あります。たとえば、不安、抑うつ、焦燥、過敏、混乱などの症状のほかに、不眠、食欲不振、全身倦怠感、疲労感、ストレス性胃炎、頭痛、吐き気、発熱、精神運動抑制などの身体的な症状も現れます。身体的な症状のみが現れる場合もあり、精神科や心療内科以外の病院では、適応障害は見逃されがちです。吐き気や頭痛などの症状があるにもかかわらず病院で異常なしと診断された場合は、適応障害だということも考えられますので、精神科や心療内科を訪ねてみるといいでしょう。

適応障害とストレス

適応障害という病名を聞いて、皇太子妃の雅子様のご病気を連想される方もいるかもしれません。近年では、適応障害という病名は、広く知られるようになり、その症状にも関心が寄せられています。

適応障害は、辛い状況に直面して精神的に参ってしまった状態といえます。現代社会ではストレスを感じることが多く、誰でも「仕事がつらすぎる」とか、「学校の校則が厳しい」とか、「お隣の犬がうるさい」などいろいろなことをストレスと感じることがあるでしょう。

誰でも、大きなストレスを受けると、平静を保つのは難しく、ストレスから適応障害になると、憂鬱な気分や不安が強く出てしまいます。そして、普段の自分ではなくなり、投稿拒否やひきこもりの原因となったり、些細なこと、言い争いをしてしまい、人間関係を壊してしまったりします。

適応障害の原因となっているストレスが慢性的に続いてしまうと、うつ病など、さらに深刻な精神疾患に移行してしまうこともあります。ですから、もし、ストレスを毎日感じているとか、とても強く感じているという場合、あるいは、「普段の自分ではない」と感じた場合、仲の良い人や信頼している人、あるいは医師に相談するようにしましょう。

適応障害の症状

適応障害には、いくつかの症状があります。

ストレスが原因で、情緒的な障害が発生し、その障害に抑うつ気分や不安などを伴うことが多いです。また、青年期や小児期の場合は、行為障害や夜尿症、指しゃぶりなどの退行現象が現れます。

また、ストレスが原因で、社会生活や職業や学業などにも支障をきたし、生活機能が低下したり、業績や学力が低下したり、場合によっては、重症になると、就業や修学ができなくなる場合もあります。

抑うつ気分や不安などの情緒的な障害によって、声を荒げたり、泣き出したりすることもあります。それだけでなく、摂食障害や動悸、ふるえ、けいれん、頭痛、肩こり、倦怠感などの身体的な不調を起こすことも多くあります。

行動的な障害を伴う場合は、ストレスが原因で普段とはかけ離れた著しい行動に出ることがあります。しかし、患者さん本人は、その著しい行動に、懸念や自責の念は持たないことが多いです。そして、それらのかけ離れた行動の具体例としては、アルコール依存、万引き、虚偽の発言、睡眠時間の極端な変化、過度な攻撃性による喧嘩、喫煙の開始、無銭飲食、無銭乗車、借金返済の拒否、規則違反などが上げられます。

適応障害の診断

適応障害は、精神疾患の中でも、非常に診断基準が難しい病気になります。ここでは、いくつかの診断基準をご紹介します。

まず、はっきり確認できる大きなストレス、断続的で反復的に感じるストレスが発症の原因で、そのストレスを受けてから、1~3カ月以内に、情緒面や行動面での症状が出てきます。

そして、ストレス因子と接したときに起きる予測を超えた苦痛反応が著しいことが、診断基準になります。社会生活や職業・学業生活に障害が起きていることも、適応障害の診断に含まれます。

また、適応障害は、不安障害や気分障害、うつ病などの既存の病気が原因ではなく、ストレスが死別反応などによるものではない場合に当てはまります。

そして、もし、ストレス因子が排除された場合、半年以内に寛解した場合は、適応障害になります。ただし、ストレス因子がなくなった後も、半年以上症状が続く場合は、PTSDなどの他のストレス障害や、特定不能の不安障害である可能性もあります。

そして、症状の持続時間が半年以内の場合は急性適応障害といわれ、半年以上続くものを慢性適応障害といいます。慢性適応障害の場合は、継続的なストレスが続いている場合に適用されます。

適応障害のさまざまな治療

適応障害の治療で、抑うつ感や不安感がある場合は、抗うつ剤や抗不安薬を使用します。また、薬物治療だけではなく、精神療法によって、ストレス脆弱性の体質改善も効果があると言われています。

もっとも、適応障害の原因はストレスです。ですから、原因となっているストレスを除去したり、あるいは軽減したりしないかぎりは、適応障害の様々な症状が再発する可能性が高いです。

原因となっているストレスを除去すれば、時間が経つにつれて、適応障害の症状はよくなり、通常、半年以内に回復します。

また、もし医師の診断で適応障害だとうことが分かったときは、まずは患者さんの本人の心に根付いているストレスそのものを改善する必要があります。医師やカウンセラーと話をして、症状の元になっている原因を見詰め直しましょう。適応障害の場合は、信頼できる人と話をするというだけでも、ずいぶん気持ちが楽になります。

気分の落ち込みや不安感が強いときには、薬物治療も併用します。

適応障害は、他の精神疾患と比べると、予後は良好で、逆にストレスが完成的に続いてしまうと、うつ病などの深刻な病気へ移行してしまうことがあります。そうなる前に、診察を受けるようにしましょう。

適応障害と似ている病気

適応障害によく似ている精神疾患があります。実際によく間違えられる病気が、うつ病です。

うつ病は、適応障害と同じストレス性心疾患で、何らかのストレスが原因となって発症する病気です。

その他、適応障害と似ている病気は、「急性ストレス障害」と「PTSD」があります。「PTSD」の正式な日本語の病名は、「外傷後ストレス障害」といいます。
適応障害を引き起こす原因は、ストレスです。ストレスと一口にいっても、その内容は人それぞれで、また人によってはストレスの受け止め方や対応力に差があります。「急性ストレス障害」や「PTSD」は、個人差を越える心理社会的ストレスを突然受けることで引き起こされる病気です。個人差を超えるというのは、例えば、地震や台風、津波などの自然災害、肉親の急死、暴行、戦争、レイプ、監禁、など、想像を絶するような激しいストレスになります。

日本でも、震災後などに症状が現れる人が多く、一般に知られるようになりました。

また、「急性ストレス障害」の発症は、ストレスを受けてから、およそ4週間以内と言われています。適応障害の場合は、ストレスを受けてから3ヶ月以内と定義されていますので、それに比べると「急性ストレス障害」の方が、症状として早く現れることになります。

適応障害とうつ病

適応障害はうつ病と混同されることが多い病気です。

適応障害という病名が知られるようになったのが、近年になってからというのがその理由かもしれませんが、適応障害とうつ病は、違う病気です。

一番大きな違いとしては、病気を発症した原因が特定できるかどうかという点になります。うつ病は、特定の原因を探し出すことは難しい病気です。これといった原因が無いこともあります。また、原因と思われるストレスを除去したところで、うつ病の症状の改善しません。

適応障害の場合は、本人が自覚し原因がしっかり特定できる病気です。ですから適応障害は、原因のストレスを除去したり軽減したりすることで改善できます。

うつ病のように、脳の働きが影響しているわけではないので、抗うつ薬の効果はうつ病ほどには期待できません。

適応障害の薬物治療は、精神的な症状や抑うつ感には抗うつ薬を、不安感に対しては抗不安薬などが使われます。
実は五月病と呼ばれる病気も、別名は適応障害です。抑うつ感・不安感・無気力・焦燥感などが特徴で、うつ病とも似た症状ですが、一ヶ月以上症状が続くようであれば、専門医を受診しましょう。もっとも、初期の五月病であれば、治療を医療機関やカウンセリングやセラピーを受けなくても、ちょっとしたきっかけで、元気な状態に戻ります。

適応障害の人との接し方

もし、家族や身近にいる人が適応障害だと、医師に診断されたら、どう接したらいいのでしょうか? 分からないからといって、それほど不安を抱えなくても大丈夫です。

適応障害の患者さんと接するには、適応障害に関する「知識・理解・認識」をきちんと持つことが、治療への第一歩になります。

適応障害の患者さんを見ていると、時には、「ヤル気があるのか? ないのか?」と見えることもあります。協調性に欠けていると思ってしまうことや、戸惑うことも多いでしょう。

しかし、それらは、病気の症状なのです。適応障害についての知識を持ち、理解してあげるためにも、医師にしっかり説明を求めましょう。

そして、きちんと病気そのものを理解すれば、患者さんに「どうしてそうなったの?」とか「もっとしっかりしなさい」という、責めるような言葉はかけなくなるはずです。また、逆に、「頑張ってね」というような過剰な励ましも、負担を与えるということが分かっていれば、安易には使わなくなるでしょう。

適応障害という病気は、誰がいつ発症してもおかしくない病気です。適応障害の患者さんと接することに疲れて、家族や周りの人が適応障害になってしまうようなことのないようにしたいものです。

適応障害になりやすい人は?

適応障害は、職場や学校、家庭などでのストレスが原因となって発症する病気です。しかし、ストレスだけが適応障害の原因となるわけではありません。同じ職場にいて同じように仕事をこなし、同じ上司の元で働いている人でも、適応障害の症状が現れる人と、そうでない人がいます。
同じストレスを受けていても、適応障害の症状は現れない人もいるのですから、ストレスだけが原因では無いということになります。

ストレスとその人のストレス対応力とのバランスが崩れた時に、適応障害は現れます。

適応障害が現れる大きなポイントでもある「ストレスへの対応力」は、人によって強かったり、弱かったり、ずいぶん違います。「ストレスへの対応力」は、その人の性格にも関係してくることです。

ストレスを受けやすい性格、適応障害になりやすい性格というものがあります。例えば、「真面目」な方、「完璧主義」「几帳面」「心配性」「頑固」「責任感が強い」という性格の人は、性格的には適応障害になりやすいといえるでしょう。逆に、物事を楽観的に捉え、上手く手を抜くことができるような性格の人は、適応障害にはなりにくいということがいえます。

ストレスを受け止めるときに、真正面から丸ごと受け止めるのではなくて、軽く受け流せるような考え方ができるとずっと楽になります。

適応障害の予防方法

近年、適応障害になるビジネスマンが年々急増しています。会社としても、社員が適応障害やうつ病 などの精神疾患・ストレス性疾患が増加するということは、リスクとなります。適応障害などの精神疾患での休職者が増えれば、大きな損失ですし、仕事内容によっては、重大な事故につながる可能性もあります。また、会社側の責任問題を問われることにもなります。

そんなことにならないように、最近では会社が社員のメンタルヘルスケアに取り組むようになってきました。

メンタルヘルスケアの取り組みとしては、まず、職場を心身ともに働きやすい場所にすることがあげられます。仕事や人間関係のストレスから引き起こされる適応障害や、その他の精神疾患の予防や対応にも努めているということです。その他、長時間労働や過重労働が行われていないかチェックし、異動や配置転換なども慎重に行うように注意を払うようにしている会社も多くなりました。
また、会社側は「セクシャルハラスメント」や「パワーハラスメント」の被害などにも、目を向け始めるようになりました。なぜなら、これらが原因となって、職場で大きなストレスを受け、適応障害になってしまった方が多くなっているからです。

に投稿

摂食障害とは?

摂食障害とは?

摂食障害とは、極端な食事制限や、過度な食事摂取などを伴う依存症の精神疾患です。それらの症状によって、健康に様々な問題が起こってきます。

摂食障害は、主に、拒食症と過食症の総称になります。拒食症や過食症というと、知っている方も多いでしょう。

摂食障害は、人間関係の問題による心理的なストレスや、コミュニケーションの不全などが原因で、拒食症から過食症に移行するケースや、逆に過食症から拒食症に移行するケースも、珍しくありません。

摂食障害になると、チューイングという行為をすることがあります。チューイングとは、日本語で、「噛み吐き、噛み砕き」といわれるもので、一定の時間に、食べ物を口に入れて噛んだ後、飲み込まずにビニール袋などに吐き捨てるという行為です。このチューイングは、過食症の一部とされています。

摂食障害は、いくつかのタイプに分類されます。「神経性無食欲症」、「神経性大食症」、「特定不能の摂食障害」、「夜間摂食症候群」の4種類があります。

症状は、同じ拒食症や過食症でも、患者さんによって非常に様々です。そのため、治療方法も、それぞれのタイプによって変わってきますので、医師によく相談し治療を進めるようにしましょう。

いろいろある摂食障害

摂食障害は、いくつかのタイプに分類できます。

まずは、「神経性無食欲症」で、いわゆる拒食症と呼ばれるものです。神経性無食欲症には、制限型と、むちゃ食い・排出型があります。これは、若い人によく現れる摂食障害で、自分が太っていると考えて食べることを拒否し、体重が減少するという特徴があります。別名、思春期やせ症などと呼ばれることがあります。

「神経性大食症」は、いわゆる過食症と呼ばれるものです。神経性大食症には、完全に吐く型と、途中で吐くのをやめる型があります。いずれも、激しく飲食を続けた後に、嘔吐、下剤、利尿剤、薬物、過度の運動、絶食によって代償行為を行うことが特徴です。症状が悪化してくると、自己嫌悪から、自殺を図ることもあります。神経性大食症の根底には、無理なダイエットに関する考え方があることが多いです。

「特定不能の摂食障害」とは、神経性とは特定できない摂食障害を指します。特定不能の摂食障害には、むちゃ食い障害と吐き障害があります。むちゃ食い障害とは、過食症とは異なり、食べた後に嘔吐や下剤を使用しない症状です。うつ病やパニック障害との合併症として現れることもあります。

その他、「夜間摂食症候群」があり、夜間にのみ摂食障害が現れるというものです。

神経性無食欲症について

神経性無食欲症は、心理的要因、社会的要因、生物学要因によって起こる、精神疾患です。特に、心理的要因であるストレスが大きく影響し、慢性的になることもあります。近年では、神経性無食欲症の患者さんは増加しており、なおかつ、抑うつを伴ったり、身体的な病気を合併することもあります。また、ダイエットが若い人たちの関心事であることを考えると、社会に与える影響も大きなものです。

神経性無食欲症の患者さんは、体重を落とすためのダイエットに達成感を感じます。そして、そのうちに、体重を落とすことを止められなくなってしまいます。たとえ、痩せていても、自分は太っている、自分の体重は多すぎると感じ、どこまでも体重を減らすことを望みます。痩せ過ぎていても、それを自分で認識できません。

宗教上の理由で断食をする場合や、政治目的の断食ストライキなどは、神経性無食欲症ではありません。また、食事を制限することで健康や長寿を維持できるという信念がある場合も、神経性無食欲症ではありません。

神経性無食欲症の場合は、栄養状態がひどく低下した結果、神経性大食症になる場合もあります。

また、摂食障害は、比較的新しい病気のように思われますが、神経性無食欲症は「源氏物語」の中に同様の症状が書かれているほど、古くから存在する病気です。

神経性大食症について

神経性大食症とは、一気に食べ物を食べた後に、嘔吐、下剤、利尿剤、薬物などの代償行為を伴う症状で、俗に過食症とも言われています。

神経性大食症の人は、たくさんの量を食べても、代償行為を行うので、必ずしも肥満体形ではありません。患者さんの多くは、嘔吐やその後の絶食、又はダイエットなどによって体重を保っています。また、その根底には、無理なダイエットに対する考え方を持っていることが多いです。

神経性大食症の患者さんは、食べたのものを完全に吐いてしまうタイプと、吐き出さずに、食べた後の絶食や過度の運動を行うタイプがあります。いずれも、代償行為になります。

神経性大食症は、日本以外でもけして珍しい病気ではなく、例えばイギリスのダイアナ妃がチャールズ皇太子との不仲をきっかけにこの病気になったといわれていますし、アメリカの歌手エルトン・ジョンも、精神的に不安定で食べ物やアルコールの過剰摂取をしていた時代があるといわれています。

精神性大食症に患者さんは、ほぼ共通して、思春期に友人がいなかったり、その他の心理的な空白の時期があります。そして、その後に、大学受験やカルト的な思想に影響を受けるなど、インパクトの大きい出来事を経験しているケースが多いです。

摂食障害の原因

摂食障害になるには、いくつかの原因があると考えられています。いずれも、心理的なものが原因です。ここでは、いくつかの原因をご紹介します。

例えば、まずあげられるのが、親との関係がうまくいっていないということです。これは、とりわけ、2~5歳の幼いころに、人格基礎形成期の欲求5段階の中の2つ、「安心安全の欲求」と「愛情や所属の欲求」が満たされなかった経験を持っており、間脳視床下部食欲中枢に障害が起きているという説になります。

また、対人関係の恐怖からの代償行動説、「女性性の拒否」による代償行動説、肥満への恐怖からの「ダイエット・ハイ説」、結婚生活のストレスや複雑な人間関係による「ストレス説」、また、「遺伝説」といったものもあります。

一般的には、痩せたい、きれいになりたいと望む若い女性が無理なダイエットを続け、摂食障害につながると思われがちですが、けして原因は、ダイエットだけではありません。体重が増えることが怖いという思いだけではなくて、成長するのが怖いと感じてしまう若い女性もいます。

また、家庭や社会での人間関係やストレスも大きな原因となっていますので、普段からストレスをためないような生活を送るようにしたいものです。

摂食障害になったら

自分は摂食障害ではないか、あるいは、身近にいる人が摂食障害ではないかと疑わしい場合は、まずは、精神科や心療内科で診察をしてもらいましょう。もし、精神科や心療内科は行きづらいという場合は、セルフチェックをしてみるのもいいかもしれません。

例えば、「一日に何度も体重計に乗る」、「体重の増減にこだわる」、「周りには痩せているといわれるが自分では太っていると思う」、「食事のペースが遅く、よく残す」、「痩せてきたけれども、特に何の病気でもない」。このような症状に当てはまる場合は、神経性無食欲症かもしれません。あるいは、「いつも食べ物のことばかり話題にする」、「たくさん食べているが太らない」、「食べた後、何時間もトイレにこもる」、「食べた後にふさぎこんでしまう」、「食べだしたら止まらない」、「自分が嫌いだ」、「完璧主義者である」。このような症状が当てはまる場合は、神経性大食症の可能性もあります。

ただし、これらのセルフチェックは、あくまでも目安です。医師に診察してもらう場合、摂食障害は、「精神疾患の診断・統計マニュアル」の診断基準をもとに診察します。診断基準には、体重の増減や食事・食欲に関するエピソードなども含まれますので、安易に自己判断しない方がよいでしょう。

そして、医師の判断に従って、心身ともに回復へと向かうような治療を進めていきましょう。

摂食障害のさまざまな合併症

摂食障害になると、様々な合併症が現れます。合併症には、大きく分けると2種類あり、1つが過食と嘔吐の結果に生じる合併症で、もう1つが慢性の栄養失調の影響で生じる合併症です。

過食と嘔吐の結果に生じる合併症には、「虫歯や歯のエナメル質の浸食」、「唾液腺炎」、「電解質のアンバランス」があります。

「虫歯や歯のエナメル質の浸食」というのは、嘔吐を繰り返すことで胃酸が何度も口の中にあがってくるため、歯のエナメル質が溶けてボロボロになることです。歯が痛くなったりもします。

「唾液腺炎」とは、過食を繰り返すと、口の中に食べ物が入っている時間が長いためにいつも唾液腺が刺激され、唾液腺が大きく腫れるという症状です。口の中が不潔だと、細菌が唾液腺に入って炎症を起こし、かなりの痛みを伴います。

「電解質のアンバランス」とは、嘔吐や下剤の使用によって胃や腸のカリウムが多量に失われるという症状です。深刻な低カリウム血症になることもあります。

栄養失調の影響で生じる合併症では、「冷え症や低血圧」、「貧血」、「骨粗しょう症」、「無月経や無排卵」などがあります。重症な貧血になると、疲労感や動悸も併発します。また、無月経や無排卵が長期間続く場合は、将来の妊娠や出産にも大きな影響が出てくることがあります。

摂食障害の治療法

摂食障害の治療法には、大きく分けて2種類があります。1つが身体的治療で、もう1つが心理・行動面への治療になります。

身体的治療とは、「薬物療法」や「栄養指導」のことです。

「薬物療法」では、精神面の改善に対して抗不安薬や抗うつ薬がよく使われます。低栄養の症状に対しては、栄養補給としてアミノ酸製剤や栄養剤を使います。また、消化薬、吐き気止め、便秘予防、自律神経調整薬、ビタミン薬、胃腸機能調整薬などが使われることもあります。

「栄養指導」は、無理に食べる量や食べ方を矯正するのではなく、無理なくできる範囲で栄養バランスを保つことを目的に行われます。

心理・行動面への治療では、いくつかの方法があります。「家族療法」、「家族カウンセリング」、「行動療法」、「集団療法」、「認知行動療法」などです。摂食障害の治療では、薬物療法は補助的なもので、主体となるものは心理・行動面への治療になります。「家族療法」や「家族カウンセリング」を通して、患者さん本人だけでなく家族ぐるみで治療を進めることは非常に効果的な方法になります。

また、「行動療法」は、不適切な食行動を治す目的で行われ、「認知行動療法」では、摂食障害に関係している自己概念の形成において、偏った思い込みを直す目的で行われます。

生活改善で摂食障害を治す

摂食障害の治療には、生活改善も非常に大切になります。生活改善とは、具体的には、「十分な睡眠」、「適切な運動」、「おいしい食事」などになります。いずれも、ごく当然のことと思われるかもしれませんが、摂食障害になると、これらの当然のことがなかなかできません。

例えば、摂食障害の患者さんの中には、睡眠障害のある方もいます。夕方になると気分が晴れてきて夜になると眠れないという生活リズムになってしまう患者さんもいるのです。夜眠れないだけではなくて、睡眠時間を削ってまで過食を続ける患者さんもいます。生活のリズムを整えるためにも、まずは、十分な睡眠をとるようにしましょう。寝具や照明、香り、音楽など、眠りにつくための工夫をしてみるのもおすすめです。

摂食障害の中でも、神経性大食症の患者さんは、比較的家に引きこもりがちになるケースがあります。また、神経性無食欲症の患者さんは、逆に、激しい運動をしすぎてしまうケースがあります。いずれの治療にも、適度な運動を心がけるようにしたいものです。適度な運動は、気分が晴れやかになり、ストレスを忘れさせてくれるという効果もあります。

摂食障害になると、おいしい食事を普通に取るというのは、簡単なことではありません。食事をおいしいと感じることが、ほとんどないというのが、摂食障害の患者さんです。ですから、無理に食べるのではなく、自分に食べられるものを頂くようにしましょう。小皿に分けて盛りつけたり、家族とは違うメニューを用意したりする工夫をしてみましょう。

に投稿

恐怖症とは

恐怖症とは

恐怖症という病名をご存知でしょうか。どこかで聞いたことがあるという方もいるかもしれませんが、詳しくは分からないという方が、多いのではないでしょうか?

恐怖症というのは、精神疾患の1つで、特定のあるものに対して、他人にとってみれば理解できない理由から、心理的に、そして生理的に異常な反応を示すという症状です。

恐怖症は、大きく分けると、3種類に分けられます。単一恐怖、社会恐怖、広場恐怖の3種類になります。

恐怖症は、不安障害のもっとも代表的なもので、アメリカでは約5~21%の人々が、何らかの恐怖症を抱えているという、アメリカの国立精神保健研究所の調査結果があります。

特に、女性に多い精神疾患ですが、25歳以上の男性の患者も、比較的多くいます。

例えば、アメリカでは、米国同時多発テロ後に、イスラム教徒だというだけで恐怖を感じてしまうという恐怖症が多くなりました。

日本では、そのような症例はほとんど見られませんが、例えば、犬やハチなど、特定のものごとなどに恐怖を感じる患者さんは存在します。

単一恐怖は、一種類のものに対して恐怖を感じる疾患です。単一恐怖でも、恐怖の対象を容易に作りだせる場合は、その恐怖対象に慣れることで、ある程度の改善が可能になります。

さまざまある恐怖症

恐怖症と一口に言っても、実にさまざまな恐怖症があります。

「広場恐怖症」、「閉所恐怖症」、「暗所恐怖症」、「高所恐怖症」、「低所恐怖症」、「失敗恐怖症」、「飛行機恐怖症」、「身体醜形恐怖症」、「嘔吐恐怖症」、「対人恐怖症」、「男性恐怖症」、「女性恐怖症」、「動物恐怖症」、「植物恐怖症」、「クモ恐怖症」、「尖端恐怖症」、「イスラモフォビア」、「ペドフォビア」などになります。

一般的に知られているのは、「高所恐怖症」や「対人恐怖症」でしょうか。

「高所恐怖症」とは、高い所に上ると、下に落ちてしまうのではないかと不安が付きまとう病的な心理のことです。また、「対人恐怖症」とは、社会的な接触に恐怖を感じ、それを避けようとする症状のことをいいます。引きこもりは、対人恐怖症の症状の一つになります。

「身体醜形恐怖症」というのは、自分の身体や美醜に極度にこだわる症状のことをいいます。1日に何時間も、自分の肉体的な欠陥について考えてしまい、極端に社会から孤立していまいます。身体醜形恐怖症は、重度になると統合失調症になることがあります。

また、「失敗恐怖症」というのは、自分が何かに失敗したり、あるいは敗北したりする可能性に対して、極度の恐怖を感じる症状をいいます。失敗恐怖症は、子どもの頃にした失敗で大きな恥や屈辱を周りから受け、それがトラウマとなって、一生、何かに挑戦することができなくなってしまいます。

恐怖症の種類

恐怖症は、単一恐怖、社会恐怖、広場恐怖の3種類に分けることができます。

単一恐怖とは、例えば、ある人にとっては犬、ある人にとっては昆虫、または、蛇、ハチなど、特定の一種類のものに対する恐怖症です。

何かそれにまつわる良くないことを経験したなど、直接原因がある場合と、家族に単一恐怖を持つ人がいて、その人が異常に怖がるのを目にしたことが影響して、自分も単一恐怖になるという、環境的なものが原因になっている場合があります。

社会恐怖とは、社会や人前で、他人に批判されたり辱められることに対して恐怖を感じることです。アメリカ精神医学会では、社会不安障害と呼ばれています。社会恐怖は、非常に強い不安を感じて、震えや吐き気などの症状が現れ、しなければならないことでも次第に避けるようになり、日常生活に大きな影響を及ぼします。

広場恐怖とは、「もし何か、不安発作が起きたら」と考え、人だかりの出来ることを恐れる症状です。人だかりが出来る広場に限らず、旅行に出ることや家の外に出ること、群集、不安発作が起きても避難できない場所などに、恐怖を感じます。成人女性の場合は、パニック障害を伴うことがあります。また、治療も、パニック障害に準じる治療方法が導入されています。

閉所恐怖症

閉所恐怖症とは、閉ざされた狭い空間や、閉ざされた場所にいることに対して、恐怖を感じる症状です。

実は、狭い空間や場所に対して過敏に反応する恐怖症は、他にもあるのですが、閉所恐怖症の場合は、閉塞感が原因で発症することが多いのが特徴です。

具体的に、症例をご紹介しましょう。

例えば、ある患者さんの場合、小学生のころに、自宅で兄と一緒に遊んでいた時、ふざけて、兄に布団でぐるぐるに巻かれてしまいました。そして、身動きができなくなり、布団から抜け出すこともできずに、窒息死してしまうのではないかと思いました。その苦しさと怖さが、ずっと頭から離れず、それ以降は、狭い所にいることが恐ろしいと感じるようになりました。そして、閉所恐怖症と診断されたのです。

また、別の患者さんの場合は、病院に精密検査を受けるために訪れ、全身を覆うMRIに恐怖を感じました。その恐怖感は、MRI検査を拒否するほどのものでした。このような患者さんに向けて、現在では、できるだけ圧迫感を感じさせないオープン型のMRIが開発されています。

どんな閉所に対して恐怖を感じるのかは、人によって違います。例えば、エレベーターの中や、外出先のトイレの中、締め切った会議室、飛行機や電車やバス、遊園地の遊具などの乗り物、トンネルなど、様々な閉所が上げられます。

高所恐怖症

高所恐怖症とは、もっとも知られている恐怖症のひとつで、高い所に上ると、そこが安全であっても、下に落ちてしまうのではないかと不安が付きまとう病的な心理のことです。この場合の高い所というのは、患者さんによって程度の差があります。

例えば、30階建のビルの屋上から宙づりにされれば、誰でも怖いと感じるでしょう。このように、危険が目に見えている状況で恐怖を感じるのは、人間の本能として当然のことです。むしろ、このような状況でも恐怖を感じないほうが病的といえるでしょう。

しかし、高所恐怖症は、厳密には、単に高い所が苦手だということとは違います。ひどい場合は、1メートル程度の高さの脚立の上でも、体がすくんで動けなくなってしまいます。

高所恐怖症になる原因は、さまざまあるといわれていますが、加齢によって高所恐怖を感じるようになることもあるといわれています。これは、家庭を持つことで責任感が強くなり、自分の身を守らなくてはならないという意識から、危険を回避しようとするためです。

また、以前は高い所に登っても、全く恐怖を感じなかった人が、突然恐怖を感じるようになることもあります。何がきっかけになったのか、自分でもよく分からないという人も、多くいます。

高所の代表的な例をいくつか上げますと、飛行機、観覧車、展望台、長い階段、吊り橋、リフト、ジェットコースター、脚立、高層ビル、ゴンドラ、首都高などの高架式の道路などになります。

高所恐怖症になると、精神科医の治療が必要になります。

対人恐怖症

対人恐怖症とは、社会的な接触に恐怖を感じ、それを避けようとする症状が現れます。そして、社会的な生活に支障をきたし、日常生活に必要な人間関係の構築ができなくなります。また、対人恐怖症は、日本特有の文化依存症候群とされ、社会的な不器用さのために、他人に避難されることに恐怖を感じます。

対人恐怖症には、あがり症や赤面症などの症状が現れることがあり、多くの場合、引きこもりを伴います。その他、視線恐怖症、多汗症、体臭恐怖症、会議恐怖、雑談恐怖、強迫観念などの症状が現れることもあります。

人生において、青年期になると神学や就職などの局面を迎えることになり、新たな対人関係が始まることになります。この時期に、対人恐怖症を発症するケースが多く見られます。

対人恐怖症の中でも、妄想的革新を抱く恐怖症を、「重症対人恐怖症」、もしくは「思春期妄想症」と呼ぶ人がいます。これらは、妄想を伴っているために、対人恐怖症には含めず、別のカテゴリーだと考えている人もいます。

日本での対人恐怖症の治療には、森田療法が効果をあげています。森田療法とは、個人面談や日記指導を併用して、「あるがままでよい、あるがままでなければならない」という考え方を取り入れ、治療過程と治療目標において、「あるがまま」という言葉が使われます。

先端恐怖症

尖端恐怖症という病名は、聞いたことがある人が多いでしょう。

尖端恐怖症とは、はさみ、ナイフ、鉛筆、針、カッターなど、先端がとがった物を見た時に、精神的に強く動揺し、体に一時的な変調が起こるという症状です。場合によっては、鋭くとがった物ではなくても、光沢のある鉄柱が視界の片隅に入ってしまったり、指やペンなどを自分に向けられたりしたときに、恐怖を感じてしまうこともあります。

ナイフやカッターの刃先を向けられれば、誰でも恐怖を感じることと思いますが、尖端恐怖症の場合は、それ以外のものでも異常に反応してしまい、症状が重くなると、パニックに陥ることもあります。また、尖端恐怖は、うつ病の部分症状として現れることが一般的です。

あるいは、心的症状から、様々なものの尖端を見続けることが出来ないというケースもあります。例えば、車のワイパーの先に対して、恐怖を感じるという患者さんもいるのです。

そして、その先端で他人を傷つけてしまうという妄想が現れる場合もあり、対人関係に支障をきたしてしまいます。

とりわけ、熱があるときや睡眠不足のときなど、体調がよくないときは症状が重くなります。

尖端恐怖症の治療法には、抗不安薬や抗うつ薬などを使った薬物治療が一般的に取り入れられています。

恐怖症とひきこもり

恐怖症には様々な種類がありますが、いくつかの恐怖症では、ひきこもりの症状が現れることがあります。例えば、社会不安症、広場恐怖、対人恐怖などは、ひきこもりと密接に関係があります。

ひきこもりという言葉は、近年よく使われますが、厚生労働省の定義によると、「6か月以上自宅にひきこもった状態で、会社や学校に行かずに、家族以外との親密な対人関係がない状態」となっています。ですから、会社で仕事をしたり、学校で勉強をしたりという社会的な参加を制限していしまい、自分の部屋など、狭い空間の中から、長期間社会に出ない状態をいいます。

ひきこもりは、今や、それほどめずらしいものではなく、自分の周囲の環境に適応できなくなったときにひきこもってしまう人というのは、かつてに比べて増えています。

身体的な故障や障害は現れません。対人恐怖や広場恐怖などが原因になることもありますし、いじめや複雑な人間関係、身体的な病気など、複数の原因からひきこもりになることもあります。

ひきこもることによって、現実から逃れることができ、ストレスもたまらなくなります。ひきこもることで、精神的には安定するのですが、長期間続いてしまうと、ひきこもりからの離脱は難しく、根本にある恐怖症も改善されません。

恐怖症の治し方

「自分はもしかすると対人恐怖症ではないか」とか、「高所恐怖症ではないか」と感じたら、まずは、医師の診察を受けるようにしましょう。

そして、もし、恐怖症だと診断されても、それほど心配する必要はありません。心を広く持って、ゆったりとかまえましょう。恐怖症は、けして治らない病気ではありません。むしろ、恐怖症が治らないかもしれないとふさぎこんでしまうと、精神的に悪い方向へ向かってしまい、恐怖症以外の精神症状が現れてしまうことも考えられます。医師の診断に従って、治療を進めていきましょう。

恐怖症というのは、言ってみれば、極端に苦手な物事があるということです。確かに、症状が重くなれば、パニックやひきこもりを起こすこともありますが、考え方を変えてみると、誰にでも苦手なものはあるのです。また、恐怖症には様々な種類がありますから、けして、自分だけが恐怖症に苦しんでいるというわけでもありません。

恐怖症になったら、不安や悩みや恐怖が、頭から離れずずっと眠れなくなることもあります。1つの悩みが解決すると、次から次へと不安が出てきます。ですから、不安や悩みや恐怖に負けない心を作ることが大事になります。

恐怖症は、それぞれの症状によって、治療法が違ってきますが、なるべく早期に診断を受けることが、短期での治療につながります。

めずらしい恐怖症

恐怖症には様々な種類があり、中には、これまで聞いたことがないようなものもあります。

めずらしい恐怖症の1つに、「イスラモフォビア」があります。

イスラモフォビアとは、日本語で言うとイスラム恐怖症のことで、イスラム教やイスラム教徒に対して極度の恐怖を感じるというものです。

日本では、イスラモフォビアはほとんど見られませんが、1980年代後半に出てきた症状で、2001年のアメリカ同時多発テロの発生以降、アメリカではイスラム教徒に対して恐怖や嫌悪を示すというケースが出てきました。そして、その後はイスラモフォビアが蔓延しているという現状があります。

アメリカ人やユダヤ系イスラエル人にとっては、イスラム教やイスラム教徒であるというだけで、テロや戦争を連想してしまうのです。

しかし、イスラム教徒にとっては、すべてのイスラム教徒がテロに関係しているわけではありません。むしろ、イスラム教やイスラム教徒に対する、ネガティブな発想やイメージが広がってしまい、差別なども発生しています。

その他には、「ペドフォビア」というめずらしい恐怖症があります。

ぺドとは子どものことで、フォビアとは嫌悪の意味になります。ペドフォビアには、子供との接触を怖がる「子供恐怖症」と、小児性愛者を嫌悪する「小児性愛者嫌悪」の2種類があります。